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アルコールこわい

饅頭こわい、ではなく、アルコールこわい。
落語じゃないのでちっとも笑えない話です。

いやぁそれにしても、
アルコールというのは怖いものですね。

市川海老蔵さん殴打事件では、
ご本人の事件当時の泥酔振りや振舞いも報道され、
それが全て事実だとしたら、
殴られる方にもそれなりの理由があったんだ、と思うわけです。
ただおとなしく飲んでいただけなら、
そんな事件も起きなかっただろうに、とも思います。

ああいった日本の伝統芸能を継承するという
特別な世界に生きる高尚そうな人でも、
立場を忘れてぐでんぐでんになるまで飲み、
馬鹿な振る舞いをすることもあるんですね。驚きました。

要は本人の酒の飲み方が悪い、ということになりそうですが、
ちょっと酔えばもっと飲みたくさせて、
そのうち人に理性を失わせるという点で、
アルコールというのは怖いものだなと。

静かにおとなしく飲むにしても、
結局飲むこと自体に変わりは無く、
やめたい、控えたいと思っても、
習慣性があるから難しい。
要するに、殆どの酒好きは、
決して酒に勝てないわけです。好きなんだから。

ところで皆さんは、
「神との対話」シリーズを読まれたことがあるでしょうか。
私は昨年初めてそれを読み、
今もいつでも、他に読むものが無い時にまた開いては、
何度でも、その都度ばらばらに好きな箇所を、あるいは最初から、
読み返しています。

あの中で神様が、
「身体はアルコールを摂取するようにできていない。
アルコールは精神を損なう」と仰るわけなんですが、
それに対し著者のウォルシュさんは、
「でもイエスもアルコールを口にしたではありませんか。
結婚式に出かけて水をワインに変えましたよ!」と反論。

「イエスが完全であると誰が言ったのかね?」
「神様、そんな」
と続くくだりは、これまた面白い部分です。

ほどほどにすれば体に対しては目立った虐待にはならないかもしれないが、
人の体はアルコール摂取用にはできていない、真実はそうである、
という内容の事を神様は言います。

神様の言葉なんだからそりゃあもちろん真実だろうと思うものの、
私自身もお酒が好きなだけに(ビールとワインに限りますが)、
元々飲めないように体ができているのだと言われると、とても残念です。

でも、今回の様な、酒の上でのそんな事件の数々や、
表立っては出てこない無数の酒がらみのトラブル、
自宅の中や外での大小様々な酒がらみの出来事をもってして、
酒好き人間達は、結局神様のそういう言葉をいつも堂々と証明している、
ということになるんじゃないでしょうか。

いっそのこと、酒が存在しなければ良い様なものですが、
でも、酒を造って儲かる限り、人は酒を造り続けるわけで、
酒がある限り結局酒好きは酒を止められない。

「神との対話」のどこかに、
神様がお酒を称して「脳を焼きこがす液体」だったか
「焼き尽くす液体」だったかいう表現が出てきたかと思うのですが、
アルコールによって脳細胞が死滅する速度が上がるという周知の事実もあるわけで、
ここにも反論の余地無し。

いやもぅ、恐ろしい液体ですね、お酒。
でも、神様に言われてからもやっぱり飲んじゃうこの現実。
飲んじゃう所が愚かしいとわかっていてまた飲んじゃうこの現実。

人間は自分に勝てないものを造り出し、
日々こうしてあっさり負けを証明しているわけなんですが、
でもそれが、私たちに与えられた至って自由な選択の、その結果、
ということで、
神が決して介入しない自由な選択の、その結果、
なわけなんですよね。



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咄嗟

少し前のこと。
近くの湖の、水際を夫と散歩していた。

丁度そこは、片側が土手みたいになっていて、
湖沿いの道路へとせり上がっている。
そしてもう片側は、急に水深数十cmで湖が始まる。

その部分は、歩ける幅など1mもなくて、
水かさの増している時期なら、
すっかり水の中になっていることもある。

別に話に花が咲くことも無い二人なので、
その狭いスペースを歩く時には、
夫は少し先を行き、私は後からついて行く。
そんないつものパターンだった。

その時私のすぐ左手は、深さ40cm程の水だった。
その中にゆらりゆらりと、何か漂うものが目に入り、
それが何かを一瞬遅れて認めた私は、
思わずひっと息を呑み、一瞬足がすくんだ。

アヒルよりも一回り小さくて、もう決して動かない黒い水鳥が一羽、
細かい波に押されては透き通った水中で揺れていた。

私という人は、何かが死んでいる状態というのがとても怖い。
それはもう死んでいるのだからこちらに向かって飛びかかって来るわけがないと
百も承知の上でも、それでも怖くて気味が悪くて、直視もできない。

だから私は、
例えばバラバラ殺人事件を起こす人が一体どんな神経をしているのか、
さっぱりわからない。
死体を前にしたらそれだけで腰を抜かしそうなのに、
そこにさらに何か手を加えるなど、到底考えられない。
もちろんそれは既に正気の沙汰ではないけれども、
私ならば永遠に気を失って楽になる道を選びそうだ。

さて、水中に水鳥の死骸を見てしまった私はとても驚いて、
うっともひっともつかない小さな声を上げた。
少し前を行く夫が、そんな私にこそひどく驚いて振り返った。

そして夫は怒り出した。
湖から蛇でも現れたかと思ったじゃないかと
訳のわからぬことを言って私を怒った。

こんな寒い時期じゃなくて夏だとしても、
まさか蛇が突然水中に湧いて出てくるはずも無いが、
それもまた、夫の咄嗟の反応と言えた。

要は、そんなものに驚くなということだった。
水鳥が一羽死んで沈んでいるなんてことは、
ここは湖なんだし、何でもないことだろうと。
驚くにしても、もっと静かに、人を驚かさない様に驚け、
ということだった。

人間、咄嗟の反応などというものは、
なかなか自分でコントロールできないものだと思う。
私が私なりの咄嗟の反応をすると怒られるのかと、そう思ったら、
その日の気分も相まって、腹が立つより切なくなった。
咄嗟の反応にまでケチをつけられるのか私は。

それは例えば、咄嗟に出るクシャミとかしゃっくりとか、
あるいは咄嗟の笑いなどに対してケチをつけられる様なものじゃなかろうか。
自分ではなかなかコントロールできない。だって咄嗟なんだから。

何が起きても何を見ても、決して驚いてはいけないぞ、と思いながら
すっかりしっかり身構えて散歩するというのも楽しくないではないか。

しかし私も学んだ。
この美しい湖の ― 全体的に見ればとても広々と美しいこの湖の ―
その水の中には水鳥の死骸が漂うこともあるということを。

次の時には驚かずに済むだろう。
頭の中でシミュレーションして少し場数を踏んでおこう。
場数さえ踏めば、人間何でも平気になる。

人は誰しも、誰かから自分を否定されると切ないばかりだと思うが、
咄嗟の反応まで否定されるというのもかなり切ない。
そう思って少しばかり涙まで浮かびそうになった。



おまけ:

今日、
キッチンで白菜の葉を一枚ずつ外していたら、
ほんの小さな、
8mmほどの黒いナメクジが葉裏にくっ付いていて、
それで少しばかり驚いた私だったが、
それは誰にも気取られる心配の無い位ささやかな驚きだった。
しかし次の葉をめくったら、
今度はその2倍のサイズのナメクジがくっ付いていて、
そこではもうちょっと驚いたのだったが、
そのさらに奥に、
3cmのナメクジが控えていたのを目にしたところで、
ひぇ~っと驚いて流しに白菜を放ってしまった。
たまたまそこに居合わせてそれを見ていた息子が
― たまたま彼はその時スナック菓子を頬張っていたのだが ―
「人がものを食べている時に気持ちの悪い反応をするな!」
と言ってとても怒ったので、
私も逆の立場なら自分のこの反応を不快に思ったかもと思い、
咄嗟の反応をまたしても制御できなかったことを切なく思った。
咄嗟だからこそ制御できないのだけれど。
白菜のナメクジにはうっかりした。
なかなか有りそうで無いケースだった。
次は気をつけることにしようと思った。



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羊飼い

あぁ何週間ぶりの更新だろう。
ずいぶんと遠ざかってた。

一向に、
書く気にならず、
うまくも書けず、
書くことも無く。

しかし今日のその光景は、
久々に書くかなー
という気持ちにさせてくれた。

だから書いておこうっと。



昨日は一日雪が降り、
その割には朝見たら5センチほどしか積もっていなかったが、
今日は朝から青空が広がって、
寒くはあったがとてもきれいな、
ブルーと白の冬の始まりの一日になった。

午後に一人で車で出かけた。
その幹線道路に出てほんの数キロ行った所で、
道路わきの草地に、普段ならただただ草原のその空き地に、
一体何十頭だったろう、それとも百頭を超えていただろうか、
突然にしてそれはそれは沢山の羊が群れていたので、
私は思わず目を見張り、車の速度が緩んだ。
大人が一人か二人、羊と一緒に居たように見えた。

ここ数日私はその道を走ることがなかったが、
あんなに沢山の羊が、いつからあそこにいたのだろう。
どこから来たのだろう。そう思うと不思議だった。

本当に、一体どこからやって来たのだろう。
それに、どうやってここまでやって来たのだろう。

ゆっくりと、しかし延々移動し続け、
野原だけを渡り、冬でも草のある場所を求めて、
そしてここから先はどこへ行くんだろう。

道端には、邪魔にならぬようにして古く小さな車が一台停まっていた。
羊飼いの親父さんの車だろうか。
夜はこの中で眠るんだろうか、マイナスになっても何度でも。
それとも近くの安いホテルを探すんだろうか。
でも、羊たちから目を離せるんだろうか。
羊たちはじっと夜じゅういい子にしているんだろうか。

しかし外はこんなに寒い。
一体どんな生活だろう、羊飼い。
羊にはさまれ埋もれたら、暖かく眠れるんだろうか。
あぁ、想像もつかない。

夕方の5時をまわって帰る頃には、
日も暮れてあたりはだいぶ暗かったが、
それでも羊の群れはまだよく見えた。
だって道路からほんの数十メートルのところに居るのだから。

昼間見た時には広々と群れて草を食んでいた羊たちが、
ふさふさの毛の黒い犬に誘導され、周囲を固められては、
体を寄せ合うようにして、小ぶりな群れへとまとまりかけていた。

そうだ、ああいう仕事をする犬を、牧羊犬と言うんだった。
実際に目にしたことは、かつて無かった。

羊飼いは青年ではなく親父さんのように見えたが、
私は「アルケミスト」の主人公を、あの若い羊飼いとそのお話を思い出し、
なんだか不思議な光景を見たような気分になった。

明日もまだ、いるのかな。



ちなみにそのお話とはこれです。
アルケミスト - 夢を旅した少年




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もぐらは今日も

冬タイヤに換えてから
丁度よいタイミングで雪が2cm降った
と思ったのは先週あたまでしたが、

この四、五日は、なんだなんだと思う様な
かなり穏やかなお天気で、
気温もかなり高めで日中15度とか。
なにかこう、調子狂う天気ではあります。

でも、毎日これくらいだと、
寒いのが苦手な私も冬を好きになりそうです。


このあいだの土曜日で夏時間も終わり、
日曜には時計を戻して1時間得をしましたが、
その分夕方が早くに暗くなるということで、
それもまた嫌だなあと思ったりします。


さて、もぐらに悩まされた前の冬には、
夫が頑張ってあれこれと策を講じたのですが、
どれも苦労の割には効果ゼロに終わり、
今年の夫の唯一の策は、もぐら撃退グッズ。

Maulwulf-vertreiber.jpg

これ一本でなんと、1000平米をカバー!
とのことで、それは嘘だろうと誰もが思うところだと思います。

これをネットで2本注文。
つまりはなんと2000平米分をカバーする威力なわけですが、
言うまでも無くうちにはそこまで広い土地は無く、
ただ、1本よりは2本かなー位の軽い気持ちで購入。
そして庭のあっちとこっちの地中に、すっかり埋めました。

それを埋めておくと、
20秒に一回だか音がして、
もぐらがこうなる。
Maulwulf.jpg
そして退散してくれる。

ということらしいのですが、
相変わらずもぐらの山は増え続け、
一体効果がこの先出るのか何なのか。

「埋めた直後には、
もぐらもびっくりして動きがさらに活発になることがあるが、
その後効果が出て来る」ようなことが
説明書に書いてあるのですが、
うちのもぐらの場合、
活発になってそのまま活発が続いているような。

今2週間経ったところですが、
効果の程はいまだ不明。

土の質にも寄るらしいです。硬いと音が伝わり易くて良い。
でも、うちの庭はあんまり硬くないので、だから効かないのかな。

そんなわけで、結局のところ、
毎日もぐらが元気に山を次から次へと築くのを
ただ見守っているだけの日々。

DSC05832.jpg

たまーに、土がもこっもこっと動くのを目撃することも。

そんな時に、夫にそっと近づいて行ってもらって、
何かでプスッとやってもらうというのはどうだろうかと
思ったりもしますが、想像するとやはりかわいそうです。

この土をこっそり丁寧に退けると、
地面にぽっかりもぐらの通路が見える、
という理屈だと思うのですが、
決して見えたことが無い。

不思議なものです。



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2ユーロ

夕方のスーパーのレジで。

合計25ユーロほどの買い物をして
現金で払おうと財布を取り出した若いドイツ人男性。

しかしそこで彼は、
この日20ユーロしか持ち合わせていないことにはたと気付いた。

困った彼は、20ユーロに収まるように、いくつかの品を返すことに。
どうしても今買いたい物とそうでない物を、急いで考える。
値段とのかね合いもあり、混んだレジで焦ってなかなかうまく行かない。

一気に5ユーロ分を引きたくても、
ものの値段は得てして4ユーロ99セントだったりする。
2ユーロ引こうと思っても、
1ユーロ99セントの品を引いてあともう一つ何か引かなくては。

いくつか返品して20ユーロに収めたところで良くよく見たら、
実は彼には18ユーロしか持ち合わせが無かった。

ただでさえ恥ずかしい状況が、
これでさらに恥ずかしいことになった。

レジの後ろに並ぶ人々は、
「しょうが無いなぁまったく」くらい思っている。
そしてこの状況を例えば私が作ってしまうと、
「全くこれだからガイジンは困るよなぁ」となる。

さて、あと2ユーロ分をどう引くか。

……と、彼の次で状況をじっと見守っていた女性(50代かな)が、
そっと2ユーロを差し出して、「これで20にしましょう」と優しく言った。

彼女のお陰で、その彼も、レジの女性も、後ろで待つ人達も、
みんなが即座に助かった。その2ユーロで。

私も同じことをしてあげたかった。
でもそこで、私の前に並ぶ数人を追い越して出て行くことが出来なかった。

彼は女性に心からお礼を言って立ち去った。
かっこ悪くて恥ずかしい思いが消えるには、ちょっと時間がかかることだろう。

私はあとから思った。
その女性はきっと、彼を小さな窮地から救ったことで、
ほかほかと良い気分になったんじゃないかな。
それはお金で買えるものじゃなくて。

ついでに、あそこでイライラと並んでいた人達の気持ちも
ふっと和んだかも知れない。そうだったら良いな。

その彼は、どこかでその女性に
また会うことが有るかもしれないし無いかもしれない。

私はその彼に、
その女性へのお礼を、どこかで何かの時に、誰か別の他人に対して、
是非してあげて欲しいものだと思う。
それが別の形の恩返しになってもそれは関係ない。

人に親切心を抱いて何かしようとした時に、
そんなこと、ドイツ人はしないものだよ、と子供に言われたことが何度かある。
かえって子に恥をかかせることになるかもと、出しゃばらない様にしてきた。

でも、人の心を温かくしてくれるのは、
やっぱり親切心とか助け合いの気持ちに触れた時なんだよなーと、
そういうことをふと思い出させられた、レジでの光景だった。



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