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放っておけばよかった

とあるスーパーで娘と買い物。
レジに並ぶと、小さな女の子を連れた若いお母さんが後ろに続いた。

欲しい物を見つけたが買ってもらえない、という状況なのだろうか、
女の子は一生懸命泣き叫んでいる。
そう言えばさっきから派手な泣き声が聞こえていたな。この子だったのか。
その子のお母さんは、時折なだめながらも、抱上げる風でもなく平然としている。

2歳、ってとこかな。小さくてかわいいな、泣き喚いていても。
よその子だから、どうでもいいもん、ひと事だからと、そんな風に捉えると、
泣き叫んでいてもかわいいなぁと思っては、笑みまで浮かべて女の子を眺める私だった。

私もそんな風に、放っておけばよかったんだと、
今更何をやり直せるものでなくても、今はそう思う。

小さい子供が、小さな我が子が、
スーパーで何かを欲しがって泣いたとしても、
興味を持ったものに触らせてさえもらえずに泣いたとしても、
放っておけば良かったんだ、泣かせておけば良かったんだと、
今はわかる。



初めてドイツに住んだ頃、そして東京にいた頃、
スーパーでまだ幼かった子供にねだられては泣かれたものだった、と思い出す。
公共の場だと思っては、うるさくしてまわりに迷惑にならぬ様にと
つい抱き上げて言い聞かせなだめた。時に根負けしては買い与えてしまった。

親というのは奇妙なことに、
感情やら本能の赴くままに行動し喚くおさな子相手に、
神妙な顔をして一生懸命まともな言葉を用いては
世間の常識を言って聞かせようとする。
通じるわけも無いのに頑張る姿が笑える。
その姿はかつての私。自分で自分を笑っていたら世話は無いな。

親は思う。
ここは公共の場だぞ。
そして自分は子供のことを大事に思うまともな親だ。
子供が泣き叫んでも構わずに放っておいたら、
他の買い物客の手前も変ではないか。
非情な親だと思われる可能性も無きにしもあらず、だ。
ここはしっかり抱き上げて、言い聞かせるとしよう。
子供は、心の中ではきっときっとわかってくれている。

わかるわけがないのにわかると信じるところが笑える。
私は、そんな親をどこかで見かけるにつけ
(それは、ドイツだろうと日本だろうと他の国だろうと関係無いが)、
かつての自分自身を思って気持ちの中で笑う。

それはしかし、嘲笑とは類の異なる笑いであって、
上手くなくても頑張る姿が何だか笑えてしまう、と言うか。



育児の現場においては(それはもう、どこもかしこも至る所が育児の現場と言えるが)、
パワー全開で泣き喚いている子供に向かって何をなだめようとも言い聞かせようとも、
それがどうにも届かないことがある。
実の所、泣き喚く本人ですら、泣いている理由がそのうちにはわからなくなるものだ。

子を抱上げなだめる親の気持ちは、かつて私も同じことをいつもしただけによくわかる。
しかし今は思う。今更思う。
あんなに泣かれても、子供なんて、子供なんて、放っておけば良かったんだ、と。

たかが何かをねだって物欲しさに泣いている時にまで、
おぉよしよしと抱上げることはなかったのだと、
その女の子を見ながらやっとわかる私だ。

目は口ほどにものを言う、と言うではないか。
惰性でいまだに大声を張り上げながらも、
女の子の視線は活発に動いて、しっかりと次の何かを探していた。
さっき欲しかった何かは、大泣きの涙を呑んでとっくに乗り越えている。
次は笑顔が来る番だ。次の何かを見つけたら、もうすぐ彼女に笑顔が戻る。



私は娘に言った。
「あなたが小さかった頃にもあんな風にスーパーで泣かれたことが何度もあったけど、
ああやって(あのお母さんの様に)放っておけば良かったんだよねぇ。
だって、そのうちにはいい加減泣き止むんだものねぇ。
諦める、ってことも勉強してさ」

すると娘は言った。「えぇぇ?!泣いてるのにそれじゃかわいそうじゃん!」

「でもさ、見てご覧、あの子の目。
もう悲しくないんだよね。ちゃんと次の何かを探してるって感じじゃない?」

「あ、ほんとだ。まだ喚いてるけど、もう泣いてない」



子供がどこかを痛がっているとか、
つらかったり寂しい時なんかは、それはもちろん話が違う。
でも、たかがスーパーで買い物途中に
子供がモノを欲しがってそこから動かなくなったり泣いたとしても、
全く平然と構える親にどうして私はなれなかっただろうかと、
今思っても全くもってどうしようも無いけれども、それでも今こうして思ったりする。
間抜けな、文字通り、間抜けな親だった。今も大して成長していないなあと思う。

子供には、泣き喚いても乗り越える何かがそこにあっただろうに、
子供が自力で乗り越える一歩手前でおぉよしよしと抱き上げてしまった私は、
子供が自力で何とかする力を養い育てる事無くずっと来てしまったわけだと、
息子を見ては思ったりする。
もちろんそこには、子の側の受け止め方にも因る部分があるにはあるが。



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結局私は

このまたとない1週間を迎えるに当たり、
息子を送り出す準備に何かと気持ちがバタバタしていた私でした。

息子。ただ今13歳半。
学校からの「スキー合宿 持ち物リスト」を見て、
自分で揃えられるものは揃えるようにと、
言っても言っても言ってもてこでも動かぬ息子でした。

今回は息子の新しいスキーブーツと
娘の昨シーズンのスキー板を合わせなくてはならなくなったため、
スキー板の金具の調整が必要になり、
そういうことは親がスポーツショップに出向いてお願いしたわけですが、
さすがにそういうのは、息子のそばに私達という親がいる以上は、
やはり親の役目だと言えましょう。

しかし着替えのパンツを揃えるくらいは本人がすべき。
みんなで遊べるゲームを何か持って来るようにとのリクエストに対しても、
これは本人が考慮の上選んで持参すべきところ。

そして、持ち物リストに何かこちらで足りないものがあれば、
事前に買い物に行く必要も出てくるというものです。
ちなみにドイツでは、日曜はどこの店も閉まっているので、
買い物に行くなら何としても土曜日のうちに!
土曜日と言えども13~16時に閉店する所は多いので(私の辺りでは)、
夜になっては時すでに遅し。

だから私は息子に、土曜のせめて午前中に荷物を作るようにと、
足りないものがあれば早めにおしえるようにと言ってきたわけですが、
しかし息子は動かない。

息子がやっと重い腰を上げるのは
― それもやっと比較的快くその重い腰を上げるのは ―
出発前日の日曜の、それも夜。
22時から支度を始めることだって息子ならあり得る。

私としては日曜のそのくらいの時刻には
できれば既にベッドにもぐり込んでいたいのに、
なのにそういうぎりぎりの時刻になって初めて息子は、
自ら、そう、文字通り、自ら、支度を始めようとする気が沸くらしい。

そこで何か足りないものがあると気づいたらどうする。
ちゃんと支度してくれないと、この私が安心できないではないか。

だから私は、結局息子の先回りをする形を取ってしまう。
そして私のその姿を、息子が見ては馬鹿にする。
ママってさ、何焦ってんの、何やってんの、と。
でもやはり私は、前日の、日曜夜の、22時までは放っておけない。

それは一見息子のためを思って動いているみたいだけれど、
本当は私自身のためなのだと自分でわかっている。
要は自分が早く安心したいがためであって、
息子の自立にはつながらない。



荷物が多かったので車で息子を学校まで送って行った。

「ケータイちゃんと持ってる?充電器も?」
「あー持ってるよ。でもさ家には電話しないよ」

もちろんそれでOK。持っていてくれればこの私が安心できる。
電話なんか来ないことを、この私も祈っている。


そして私は、
大小2個のスポーツバッグ+スキー靴のバッグ+スキー+ストックを、
肩と腕で一度に持ち上げ、私を振り向かず歩き出した息子を見送った。


Viel Spass 楽しんで!ほんと。


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だから叩いちゃいけません

子供を悲しく嫌な気分にさせた思い出というのは、
何年経っても消えない。

怒って叩いてしまったこともその一つで、
それを私は気持ちの中で今も引きずっている。
かわいそうなことをしたと今も思っている。

そして娘も、今なおそれを忘れずにいる。
十数年を経た今もまだ。


それはこんな出来事だった。

私が初めてちゃんとした独和辞典を買った時のこと。
食卓でその新品の辞典をめくっていたら、
隣にいた娘(当時4歳位だったかな)が
近くにあった飲み物をその上にひっくり返してしまった。

なにせ買ったばかりで、辞書だから決して安くは無かったし、
私は辞書を引くのが好きで、辞書というものはとても大事だったりもして、
ついカッとなり、娘の手だったか肩だったか背中だったか、
いや頭だったかもしれない、叩いてしまった。

わざわざ叩かれるまでもなく、
幼い娘は、あ、いけないことをした、と
ちゃんとわかって即座にしゅんとしたのに、
なのに私は手を上げた。娘はもちろん泣いた。

呆れたことに、どこを叩いたかも忘れている私。
娘は、悪いことしちゃったなあと思ったことを、
今もよく覚えている、そうだ。

今では随分使い古したその独和辞書を、私は今も毎日使う。
ちょうど「W」のあたりから後ろのページ全てが、
一度濡れて乾いたために細かく波打ってめくりづらい。

毎日毎日使っては、毎日毎日思い出す、小さな娘を叩いた自分を。
目当ての単語を探しながら、表情こそ変えないが頭の中では振り返る。

あんなに怒ることはなかった。
何の悪気も無い小さな娘を。


もう一つ思い出すことがある。
私がPCでメールを書いていた時のこと。
娘は、6歳だったか7歳だったか。

日本語の文字が少し読めるようになった娘が私の傍に来て、
声を出して私のメールを読み始めた。

私はいらいらした。もう!見ないでよ、あっちに行って!
と言って娘の体を手で押しやった。
娘は、泣かなかったがショックは受けた。

「あっちに行け」と言われて嬉しい子はいない。
そう言われて泣いた思い出が、私にもあったのに。

可哀想なことをしたと思う。今も後悔するくらいなら、
どうしてもっとやんわり言ってやれなかったのか。
どうしてそんな、幼い心を傷つけるふるまいをしたのか。
娘はそれ以来、私がPCの前に居ると決して近付いて来なくなった。


だから私は、これをお読みの方々の中に、
小さなお子さんをかかえたお母さんお父さんがいらっしゃって、
もしも時としてカッとなると手が出そうになるお母さんお父さんなら、
是非ともお伝えしておきたい。

いらいらしても、怒っても、相手は幼い子供、悪意は無い。
だから叩いちゃいけない。心を傷つけちゃいけない。

そういうことをすると、
後々、あなたが後悔しますよ~(私のようにね~)。
つらいですよ~。忘れてはもらえませんよ~。


あぁあの時は申し訳なかったなぁと
親が振り返り反省する出来事以外にも、
子供は子供で意外な所で意外と沢山、
親のせいで傷ついていたりする。
だから、親がちょっと思い出して反省するくらいでは、
実際にはかなり足りないのかもしれない。

三つ子の魂百迄と言うが、
つらい思い出もまた、子の心から消えないものだと、
そう覚悟して子育てすべきだった…。
しかし子育てというのは、今更やり直せない作業なのだった。


(こんな私を反面教師として、
 後悔や反省が一つでも二つでも少なめな子育てを、
 若いママ・パパ達に頑張って欲しい!)


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靴の紐も結べない

夏場のサッカー練習に行く時、息子はいつもそれなりの格好をして家を出た。
トレーニングウェア(別にこれと決まったものはないから気軽なものである)に着替え、
せめてサッカー用ソックスくらいは履き、そしてサッカーシューズを履いて自転車で出かけた。

シューズを履こうとする時、息子はいつも「ママ、靴の紐結んで」と言った。
自分ではきつく結べないから、というのがその理由だった。
ことサッカーシューズに限っては、
本人は紐をかなりきつく締めたいらしかったが、それがうまくできない、という言い訳だった。

そんなの何度か結ぶ練習をすればすぐにうまくなるよ、と
私は息子に1000回も言ってはきたが、いつだって返ってくるのは生返事だけで、
何も改善しないまま息子は体だけ大きくなっていった。

去年の私はそれこそ、
11歳にもなった今でさえこんな風ならこの先は一体どうなるんだろうかと、
一抹の不安どころじゃなく、息子のことをかなり気にかけた。

家の中であれば、母親に靴の紐を結んでもらうことなど、
本人は別に恥ずかしいと思わなかったようだ。

紐くらい自分で結びなさいと放っておいても、
結局何もせずに私の手助けを待つ息子の姿がいつもあった。

私は、決められた時刻に遅れるというのは、それがどういう場に向かうものであれ、
あまり格好の良くないことだと思うところがあるので、
息子がたかがシューズの紐結びに手間取ったがために
サッカー練習開始時間に遅れるとしたら、やはりそれは良くないことだと思った。
何よりも、外では結構シャイな息子だから、
「遅れない」ということは、チームのメンバーに馴染める一つのポイントでもあった。

息子はさすがに、私がそんな風に思う人間だということをとっくに見抜いていたから、
自分が動かなければ母親がいつかは手を貸すことを知っていた。
子供が決められた時刻に遅れないようにと動いてしまう便利な母親がそこにいることを、
息子は過去の経験からしっかりと学んできている。

次からはちゃんと自分でやるのよと言って、私はまた息子のシューズの紐を結ぶ。

育児に不可欠な「忍耐」が欠ける私は、子供がぐずぐずするのを長くは見ていられない。
さらには、子供が決められた時間に遅れないようにと気を揉んでしまうから、
結局いつだって息子の思惑通りに、私は結局彼の靴の紐を結ぶ。
たとえそれが、私の本意でなくても、だ。

それはもう、息子にとっては日常茶飯事の如き状況となり、
母親に靴紐を結ばせるなど、ごく当たり前の光景になっていった。


日々の繰り返しや、毎度毎度の繰り返しというのは、これがなかなか恐ろしいもので、
その積み重ねが今の息子の姿なのだと私はいつも思う。

子供はいつか自分で何でもできるようになるのだから、それまでは手を貸してあげよう…
と、私はずっとそんな風に思ってきた。
娘に対しては、それで何か間違いがあったとはどうしても思えない。

しかし、その考え方が大きな間違いだったのだと今はやっとわかる。
息子に対しては、何ら通用しなかったのだから。

息子はいつまで経っても、
親が、特に母親である私が、最後には手を貸してくれるものなのだと思いこみ、
至って楽観視している。
自分は「上」に立ち、親などというものは「配下」だ。

いつかはママの手を借りなくても何でもできるようになるぞ、と思うのでなく、
いつだってママが手助けしてくれるから大丈夫、と考える。

私は、息子がそういう子なのだと気づくまでに、実に何年も要した馬鹿な親だ。
靴の紐すらきっちり結べぬ子供に育てたのは、他ならぬこの私だ。
そこには、肉親ゆえの盲目の愛情と、
そして肉親ゆえに信じ抜きたいという思いと甘えとがあった。
いつかはできるようになると、ただ信じて疑わなかった。


息子の足元にかがみ込んでは紐を結ぶ私の姿を、娘が偶然見ることも多い。
すると娘の視線に即座に軽蔑の気持ちが宿る。
娘の目など見なくても、私はそれを感じる。

どうして弟をこんな子に育てたのだと、娘の視線が私を非難する。
そしてそれは、愚かな母親への嫌悪の念へとつながって行く。


既にかなり修正困難な、間違った子育ての結果である息子の前で、
跪いて靴紐を結ぶ私の姿は、滑稽以外の何物でもない。

私の忍耐の無さが原因でもあり、
息子本人の向上心の無さもまた原因だろうと思う。

何年かの長きをかけてこうなってきたのだから、改善には倍以上の時間がかかるだろう。
そしてその確固たるやり方さえも、今の私は見出せない始末だ。 
なんと情けない親だろうかと思う。


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同じ様にはいかないこと

うちの娘は、生後数ヶ月という時分から、それはそれは人見知りが激しかった。
2歳を過ぎる頃までは、実にパパにさえ懐かない徹底振りだった。

あの頃、ちっちゃな娘がただ信じ盲目に愛したのは、世界でただ一人私だけだった。

言ってみれば、娘はほんの赤ちゃんの頃から
自分の母親と他の人々をきっちりと区別していたわけで、
それはつまり、ぼーっとしているかに見える赤ちゃんよりは頭が賢いということかなと、
そんなことを思ったりしたことも私はあったが、
夫にとっては、我が子が自分に懐かないなどという状況は受け入れ難かったから、
日本人の私の育て方が悪いからこうなったのだと、都合良く結論づけたようだった。
(彼のその結論は、私にとっては結構つらいものがあった)

夏が来る度、私は娘を連れて数週間ドイツに来ていたが
(当時は東京に住んでいました)、
一年に一度義両親の家で過ごす日々になかなか娘は慣れることができなかった。

義母としても、自分に懐かない孫のことを気にかけては、その息子と同じ事を考えた。
「どうしてこの子はこうなのだろう。
この孫がこうなったのは、日本人の母親の育て方が悪いからに違いない」

娘は何かというと私に抱っこをせがみ、私も片腕で娘を抱きかかえながら、
空いている方の手で何かをするとか料理をするとか、しょっちゅうそんなことをしていた。

両手と体の前面を空けたい時には、抱っこひもを使って娘をおんぶした。
私が抱いてやらないことで娘が泣き続けるとしたら、それが一番つらかった。

授乳中の頃などは、娘の泣き声が聞こえるだけでもう、
オートマティックに母乳が勝手に乳房に押し寄せて来て、乳房が張り詰めた。
たとえキュン死にしなくても、胸はきゅーんと痛いくらいに張ってしまって、
それこそ文字通り、胸が張り裂けそう、だった。(うそうそ、そこまでじゃない)

子供は泣くのが仕事、放っておけば良い、と義母から何度言われても、
いつだって私は、娘をつい抱き上げていた。

義母があきれて私に言ったことがある。
「そんなことでこの先、どうするつもり?
この子がこの先大きくなっても抱っこ抱っことせがんだら、どうするつもり?
この子が大きくなれば、あなただってもう重くて抱けなくなるでしょうに」

まさかそんなことも無かろうと私は思った。
「子供がどんなに大きくなろうと私は子供を抱き上げられる」と思ったわけでは無論ない。

そうではなくて、「あるところまで成長すれば子供はもう抱っこをせがんだりはしなくなるだろう」
と思った。そしてそれは、もちろん当たっていた。

娘の激しかった人見知りは、いつしか治まっていった。
娘が三歳になる手前の頃に息子が生まれてからは、
時にはそれこそ両腕で二人の子供たちを同時に抱え上げたことも多々あったが、
しかしいつしか、娘は私の腕から自分で降りた。
それが成長というものだろうと私は思った。

子はいずれ親の手を離れようとするものだと、
私はそう思っていたし、そう願ってもいたし信じてもいた。

子には、親の手助けを疎ましく思う日がいつかは訪れる。
親の手を貸りずとも、子供は上り坂を一人で歩いていこうとする。
そして歩き出す。

その時が来たら、もう手を貸すのはやめよう。
たとえ子供のすることがまだまだ危なっかしく見えることがあっても、
ああだこうだと口を出すのもやめよう。

私は、そんな風に思っていたのだ。
その時が来たら…と。

娘にそういう時期が訪れて、親の手助けをうるさがるようになったのは、
既にもう何年も前のことだ。

息子にも、いつかそういう時が訪れるのだと、私はただ単純に思っていた。

しかし、同じ親の子と言えども、息子は全く違っていた。


(あ、長くなりそうなので、続きは次回に。)

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Author:granat
初めまして。ガーネットです。
南ドイツ・バイエルン州に住んでいます。
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