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年度末の今日

やっと、やっと、バイエルン州の学校にも夏休みが訪れた。

今日は、息子の学校も、娘の学校も、始まったのはいつもと同じ8時だったが、終わったのは10時。

年度の最後の日、成績表をもらうこの日は、毎年こんな感じだ。

9時半に終わった、なんてことも過去にはあったし。

今週は、年度末の学校行事が何かと続いて、授業らしい授業もあまり無かったような1週間だった。

今年度の教科書を既に学校に返却して、せいせい晴れ晴れした顔の息子であったが、

きのう、早々と来年度の教科書を渡されて来た。

これで、教科書も無いのにどうやって勉強しろってんだ?

なんて言えなくなったね。(ざまぁご覧遊べ。)

用意周到な良い学校である。ふっふ。

予習っていうやり方もこの世にはあったことを早く思い出して、ページを開いてみて欲しいものである。

(娘の学校では、やはり9月の年度始めに教科書を配るらしい。でも、それが普通だ。)


ところで、肝心の成績表は・・・まあね、二人とも、あんまり良くなかったんだけれど、

でも、進級できる。

ということで、何はともあれ、よかったよかった、二人とも、お疲れさん!

ってことで私もほっとした。

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M氏殺人事件~柩

まったく突然こういう話ですみません。最近の話ってわけでもないし。


ここ何年かドイツに住んだことのある人なら、
2005年1月にミュンヘンで起きたモースハマー氏殺人事件のこと、
まだ覚えていらっしゃることでしょう。

1月のある週末の朝、キッチンのラジオから聞こえて来たニュースでした。
ミュンヘンの実業家モースハマー氏が、自宅の豪邸で遺体で発見された。
遺体には首を電話コードで絞められた痕跡が・・・。

夜になる頃に犯人が特定され逮捕されたのだったか、
まあ割とスピード解決した事件でしたね。

概要はこうです。
同性愛者だったモースハマー氏は、ある夜街で若いイラク人男性をひっかけて自宅に連れて行き、
(どう楽しんだかはわかりませんが)結局は金の話になって相手ともめて、
怒った相手に電話コードで首を絞められ殺害された、という事件でした。
(記憶、定かでない部分もあることでしょう、ご了承を。)

Herr Moshammer

ミュンヘン市内にブティックを数軒(でしたか?)持ち、
テレビにも出るような有名人だったモースハマー氏の遺産の一部は、
彼のすべてだった(?)ちっちゃな愛犬に贈られたため(そういう遺言があったんでしょうね)、
世界で一番金持ちになった犬、ということで後日報道されました。
ミュンヘンでの葬儀には、彼を慕った何千人もの人達が駆けつけたので、もう大騒ぎになりましたね。

ちょっと興味のある方はこちら遺言の内容です。

葬儀の模様は、私もちらっとテレビで見ました。
通りを埋めた人々を、ヘリコプタからだったか、とにかく上方から撮った映像が流れていました。
哀れなモースハマー氏の立派な柩…も見たような気がするけれどどうだったかな。

でも、、、あれ?そういえばラジオでは、ガラスの棺とか言ってなかったっけ?
(私の聞き違いだったかもしれません、再度ご了承を。)
でもねぇ、シンデレラじゃないんだから、ガラスというのはちょっと・・・、
というような声をラジオから聞いたような記憶が。

私は、ガラスの柩、と聞いたときに思いました。
土に返ることの無いガラスの棺で埋葬するわけにはいかないだろうから、
埋葬のためにはやはり木製の棺にご遺体は移されるのだろうか。
それに、ガラスの柩では中が見えてしまって、見ちゃった一般人の方々はちょっとコワイのでは?

で、さらに思いをめぐらせてしまいました。

私は、ドイツ人と結婚して今はドイツに住んでいる。
私が死んだら、夫の実家のほうの「先祖代々の墓」に埋葬される、というのが普通だろう。
でも、土葬、いやだな。
ドイツの冬なんて、凍って土の中で冷凍保存だろうか。
土に返るには、温度の上がる春を待たねばならぬのか。
うぅ、想像するだにキモチがよろしくない。

死んでしまえば、土葬がいやだなも何も無いんだけれども、あの時はそう思いました。
しかし、それよりももっと考えたのは、
木の棺が土に返るまでにどれほどの年月を要するのだろうか・・・ということ。

ということで、
モースハマー氏の事件からお墓のことへと考えが発展した私でした。
次回につづく・・・。

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ドイツの土になる?日本に戻る?

(内容的には前回の記事に続くものです。)


自分が死んだら、って考えたことありません?

と言っても、これから私がここで死後の世界を語るつもりじゃないんですが。

でも、今外国に住んでいて、そして配偶者が外国人の、私みたいなひと。
自分が死んだら、入るお墓はどこだ?って考えたことありません?
私は考えたことがあるんですよ。

ドイツ人と結婚してるんだから、入るお墓はそりゃ習慣に従えばドイツっていうことになるんでしょうけれど、
でも、まあ、こうしてドイツに馴染んではいながらも、今もまだ日本が恋しいのに、
死んでまで外国にいたくなーい、日本の地に戻りたーい、とか思うんじゃないかなぁ死んだらば、
てなことを思ったことがあったんですよ、私。

でも、死んだら「無」に帰すのでしょうから、いや、「無」なのかどうかも知りませんが、
とにかく自分にはわからない次元のことですので、どこで永眠しようと関係ないと言えば全くもってそうなんですけれども。

まあ私はある時それを、今となってはたった一人の肉親である兄に話してみました。
すると彼はこう言いました。

墓は、ドイツのほうがいいんじゃないか?
だってドイツの場合は、美しい墓石に自分の名前と誕生日・没日が刻まれて、
そしてそれがずっと後世まで残るのだから、やはりそのほうがいいんじゃないか?
日本のように先祖代々の墓という形で一緒くたに納骨されるよりもいいような気がするなあ。
自分がこの世に生きた証として、自分の墓石が在り続ける、そのほうがいいと思うけどな。

ふむ。

ドイツの町というのは、町の中心とされている場所に必ず教会がある。
墓地は、普通は教会に隣接しているから、つまり、町の中心部には墓地があるわけ。

人々は年に何度となくそれぞれの墓地をきれいに整える。
お墓の手前に立つと、2mほどの向こう側に美しい墓石(素材・デザインは様々)が立ち、
墓石の手前部分に故人が埋葬されている。
そこに人々は花を植えたり、背の低い種類の木を植えたりする。

写真を探してみました。ぱっと容易く見つけたものをとりあえず載せてみます。
でもこれはオーストリーのものです…。
でもこういう雰囲気に近いですよねドイツも。(反論があったら申し訳ない!)

ご参考までに、こちらの墓地はこういう感じです

夫は、私が死んだら、なーんていう言葉を私が言うのをひどく嫌う。
それは私を思ってのことではなくて、ただ単に、面倒くさいのその手の話が。
それでも私は夫に聞く。

例えばあなたの家族の誰かが次にお墓に入るってことになると、
今の所を掘り返して埋葬するってことになるの?

そういうことになるね。

でも、前の人が既に土に帰ってるってどうやってわかる?

3年だよ。3年たてば土に返るとされている。
前回の埋葬から3年たっていれば、そこを掘り起こして埋葬するのだと思ったけど。

そうすると、既に墓石に刻まれている故人の名前の下に新たに亡くなった人の名前が刻まれるわけ?

・・・・。

どうなるの?

次に亡くなった人というのがその前に亡くなった人の肉親ならば、同じ墓石に名前を連ねて刻むかもしれないけれど、
それは残されたその人の家族のやり方にも選る。一概には言えないことだ。
前の人の名前を消して、新たに新故人(って言葉が適切か知りませんが)の名前を刻むこともあるんじゃないか?

・・・・・。

私の兄は、というか、私自身も、自分の生きた証が墓石に刻まれて未来永劫存続すると思っていたが、
ちょっと違うみたいな話になってきた。

聞けば、前回の埋葬から20年間新たな埋葬が無ければ、その墓地はそこの町や市に開放されるらしい。
(注:これは私がバイエルン出身の夫から聞いた話で、また別の地方では異なることかもしれません。
同じバイエルンでも群や市のやり方に拠るものかもしれません。ご了承を。)

つまり、最短3年、最長20年、自分の名前はそこに刻まれて残っているということかな。

いずれにしても、たとえ最長で20年間自分の生きた証がそこに残るとしても、
何だかやっぱり日本に戻りたいかな、とか思ったりする私である。
 
でも、遺骨が日本に戻ったとしても、結婚して家を「出た」人間は、一体どこのお墓に入るというの?
ぜんぜん縁もゆかりもない土地にってこともあり得るんでしょうか。

難しいので、こういうことはもう、残される人にお任せするのがいいんでしょうか。

って言うか、こんなこと考えてる暇があったらもっと意義のあることしろよ!って言われそうですね。
すみませーん。

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今日の予定は

今日はこれから1泊の荷物を持って、旅行に、、、ではなく、夫の実家に向かいます。

先月半ばに腎臓の手術を受けて無事退院した義母を見舞うのと、

なかなか手入れの行き届かない義両親の庭で思う存分庭仕事をするために。

頑張ります。

では行って来ます。

って、それだけです。

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難しいこと

昨日は、朝早くに家を出て、夫の実家に義母を見舞いがてら庭仕事をしに行った。

やっと学校も夏休みに入ったことだし、子供達も連れて行けばいいようなものだったが、
最近我が家は結構複雑で、二人の子供達はもう親にほいほいついて来ることはない。

娘ははなから行く気がない。
息子は、一緒に行くと言ってみたり行きたくないと言ってみたりで揺れ動きぐずぐずしたから、
私達ももう子供の機嫌をとって連れ出すのが面倒になった昨今、今回はとっとと置いていくことにした。
子供達は、親がいないとかなり嬉しいらしいので、ま、適当にやってよ、と、言い残し夫と二人で出発した。

家から実家までは、車で1時間半ちょっとかかる。
私達が実家に着いた時、義母はリビングのカウチに横になっていた。
起きなくていいよと言ってその傍らに腰掛けた私の手を握って、義母は感極まってしゃくりあげて泣き出した。
なぜ私の顔を見て気が緩むのかと不思議な気もしたが、
義母の人柄からして、きっと見舞いの誰かに会うたびに感極まっているんだろうと思った。
私も涙もろいが、義母も負けず劣らず涙もろい人だ。

7月半ばに義母が受けたのは、腎臓の一部を摘出する手術。
手術自体は成功したが、術後に麻酔の後遺症だったのか気持ちの悪い日が5日も続いたそうで、
吐き気が治まらずとてもつらかったようだ。
(義母が説明するまでもなく、私は既に義兄からそのことは電話で聞いて知っていた。)

義両親のすぐそばに住んでいる義兄夫婦は、今日から旅行に出ている、と義母が言った。
実の母親がこういう時に、長男が旅行などに出るもんだろうか?と内心思ったが、もちろん私の口出すことではない。

夫がかねがね義兄(夫にすれば実の兄)から言われていることの一つに、「親の世話」という大テーマがある。
義兄夫婦は、義両親の家のすぐそばに家があるから、何かというと親から頼りにされて、それが負担になっている。
もっとはっきり言うなら、義兄は、親のことでは貧乏くじを引いてしまったと思っている。
こんなに親の近くに家を建てるんじゃなかった、という後悔がいつも胸のうちにあるんだろう。

今回、義兄が、母親がまだあまり動けない状態なのに旅行に出ていなくなってしまったというのは、
この私達にも親の世話をしろよ!という意思表示だった。
まあ義兄のそういう思惑くらい、彼の期待を裏切る事無く私自身もちゃあんとわかっている。

私が16年来知っている義兄夫婦は、基本的には二人とも穏やかで優しい人達だ。
特に義兄の奥さんは、心配りがまるで日本人みたいに細やかで、私は彼女が好きだ。
義兄のことも好きだし、彼の言い分もよくわかるつもりだ。

私達夫婦は、いつも義両親から離れて住んできた。
夫は、若い頃から親元を離れて外国に行った人で、結婚前もいつも親から離れて暮らしてきた。
私達が結婚した時は東京に住んでいたが、
義両親からすれば東京などそれこそ1万キロの彼方の、それもアジアの「異世界」であっただろう。
現在のように私達がドイツ国内に住んでいても、夫の仕事の関係上、住んでいる場所が義両親からはどうしても遠い。
(と言っても、現在の距離は約140キロだ。800キロ離れているとかではない。)
でも義両親からそれに対して不満を言われたことはただの一度も無い。

義母は、ゆっくりとだが自分で動いて、少しなら家事も再開している。
食事はケータリング・サービスを利用し、
強力な助っ人エファおばさんがイギリスに戻ってからのお掃除は、巡回介護サービスの人にお願いしている。

夫と私は、この2日間目一杯庭仕事をしたが、それでも終わらぬ作業に広い庭を半ば恨めしく思いながら、
結局たった一泊だけして今日には帰ってきてしまった。
でも、夫の仕事の関係でそうなったのだから、私も何も言わなかった。
本来ならば、1週間でも2週間でも義母のそばにして、料理や掃除や庭仕事をしてあげてればいいのだけれど。

ところで、私にはもう両親がいない。
そして私は、実は自分で親の面倒を見た経験が無い。

私には兄が一人いて、親のことは兄夫婦が全て看てくれた。
私は、親が亡くなり何年たっても、そのことでは兄夫婦に頭が上らない。
今もとても感謝している。

私は、父とはとにかくうまくいかなかった。
気難しかった父を、元を正せば赤の他人の義姉は、母亡き後、自ら仕事を持ちながらもずっと面倒を看てくれていた。

それなのに私は、義両親の所にたまにちょこっと行って、庭仕事をしてそれでまた帰ってしまう。
元はと言えばそれは夫のやり方だが、私がそれに対し反論したことも無い。
なぜ反論しないんだろう。

それはやはり、正直に言えば、私も義両親の世話を面倒だと思うからだ。
この私が義両親の面倒をみるとしても、
例えば食事は、果たして彼らの口に合うものを作ってあげられるんだろうか。
ただでさえ料理の苦手な私だ。
ケータリングの食事の味付けに文句を言う義母は、こんな不味いものは食べられないとまで言う。
それになんと言っても、親の世話と言うのは、実の子供達が話し合って決めるべきことではないか。

ただ不思議なのは、夫も夫の兄弟達も、なぜそんなに面倒がるのだろうということだ。
彼らは、私と違って、親と(私の場合は父親とであったが)どうしてもうまくいかなかったという人生を送って来なかったではないか。
それならなぜ?と私は思ってしまう。
親の世話というのはそんなにしたくないものだろうか。
それとも、そう思うのは私が男ではないからだろうか。

でも、そんな風に偉そうなことを考えてそれを夫に伝えてはみたものの、
いざとなると義兄にも義弟にも言いにくい。
結局私自身は、実の親の世話をしたことが無いのだ。
そこを指摘されると、私に返す言葉は一言も無い。
こんな私が一体何を偉そうに言えるだろうか。
そう思って私は、また口をつぐむのだった。

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