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秋の色

いつの間にやら、もう10月。
今年もあと3ヶ月ですねー。
いやー早い早い。

皆さんのお住まいのあたりでは、金木犀が香っている頃でしょうか。
金木犀って、ドイツでは見たことがありません。
私、大好きなんですあの香り。

さて、こちらは一挙に冬かと思うような、朝の気温が10度未満の日々が続いています。

スーパーじゃもう何週間も前から、クリスマス・シーズンのお菓子が山積みになっているので、
この寒さとあいまって、あれ?ひょっとしてもうクリスマスだっけ?
と錯覚が起きてしまいそうな、今日この頃です。

さて、毎年果物のおいしいはずの夏が楽しみな私でしたが、
どうもこの夏は、おいしい果物にあまり出会わなかった気がします。

1キロ入りのパック(ネクタリンなら6~8個くらい入っている)など買って、
全部おいしくない時には(大体は、一個まずければ全部まずいんですが)、
結局誰も食べずに古くなって捨てることになるので、
この夏私は、どの果物を買うんでも、量り売りのものを、ちまちまと数個だけ買ってみて、
美味しかったらまた買いに行くようにしていました。

でも、夫が時たま買ってくることがあるんですよ、1キロパックを。
今うちのキッチンには、1キロ分のプルーンがあるんですが、
これがまた、ただ酸っぱいだけで美味しくない。

私は、甘酸っぱいのは大好きなんですが、
なんというか、風味が無いと言うか、プルーンならではのうまみが無いと言うか。
プルーンだから、1個1個が小さいので、
1キロパックには、それこそ20個以上入っていたりするわけですよ。

いっぱい買わないでね、おいしくないと困るから、
といつも私は言うのですが、人の話を聞かない夫で困ります。

ドイツ産も、イタリアやスペインのも、どうもいまいちだった気がします。
青空市は高いので、あまり出かけていくことが無いんですが、
ああいうところで買っていたら美味しかったのかなぁ。

日本では、二十世紀梨とか、巨峰とか、美味しいんでしょうね…。
ああ、食べたい…。

二十世紀梨は、あるんですよドイツにも、中国産のが。
見るとついつい買っちゃうんですが、どうも私の経験では、
美味しい時もありますが、美味しくない時のほうがずっと多いよう気がします。

形が洋梨、皮が二十世紀梨、味は微妙、という不思議な梨もあったりします。

来年の夏には美味しい果物に出会えることを期待しつつ…。

さて。

10月と言えば月末はハロウィーン。

最近は、近所の子供達が、31日の夜にハロウィーンの仮装をしてぞろぞろ練り歩き、
お菓子よこせーとやって来たりします。
大きなスーパー等には、10月になると仮装のコスチュームがおいてあります。

ハロウィーンは、まだひと月先の話ですが、
ハロウィーンと言えばカボチャ。
と言うか、秋といえばカボチャ、のドイツ人。

ドイツ人にとって、ハロウィーンはあんまり関係なくても、
家の中に外に、カボチャを飾る人は多いですね。

こういう、飾るためのカボチャが、スーパーではもちろんのこと、
道路脇などでもスタンドがあって売られていたりします。

かぼちゃ

かぼちゃ
(かぼちゃの写真は、インターネットから拝借しました。)

秋の色ですね、かぼちゃの色。

家の前の街路樹も、日に日に色づいています。

秋の色

秋の色

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失くした休日

10月3日(金)はドイツ統一の日で祝日だった。

ドイツが祝日でも、オーストリアは関係ないから平日で、
だからうちみたいに、例えばザルツブルクまでそう遠くない所に住んでいると、
こういう日めがけて、ザルツブルクのオイロパーク(ショッピングモール)あたりまで
買い物に出かけたりすると楽しかったりするわけだ。


(注)
日本に住んでいると、
日曜や祝日に店が営業していることが当り前ですが、こちらはそうじゃないのです。
日祝日に営業しているのは飲食店のみ、と思っていて間違いなし。
でも最近は、休みの日でも午前中だけ営業するパン屋さんなども多くなり、便利になりました。


さて、せっかくのこの祝日だったが、
夫と出かけ、実に楽しくない一日を過ごしてしまった。
(子供達は、親が一日外出するというのでとても喜んだ。)

ちょっと前から、夫に言われていた。
10月3日には、オーストリアの、とある大学で開催される、とあるセミナーに参加しよう、と。
テーマとしては、環境保護に通じるものだ。

私はそれが、朝から晩まで丸一日かかるプログラムだと聞き、
いくらなんでも一日は…と思い、
行かない、行っても理解できないのだから意味がない、と夫に言ってはみたが、

オーストリアの大学に足を踏み入れるなど、考えてみれば二度とない機会だろうし、
セミナーの内容だって、もしかしたら少しは理解できるかもしれない、などと、
ちょっと安易に、前向きなことを考えてしまった。

夫は、要は、一人で行きたくない、それだけだった。
何かというと、夫婦揃って出かける、というのが好きなドイツ人である。

さて、セミナーに参加したはいいが、
午前の部がおわったところで早くも頭が疲れ、
私は、ああついて来なければ良かったと、早くも悔やんだ。

そうだった、私の集中力などせいぜい3時間。
100%理解が追いつく人になら、とても興味深いセミナーだが、
専門用語もあふれ、私の理解など、それこそ20%だったかもしれない。
まさに、馬の耳に念仏状態。

午後になってはこくりこくりと舟をこぎ始めた私に、夫が怒って言う。
そんなに退屈ならば町にでも行って観光でもして来たらどうだ。

あいにく、冷たい雨が一日降り続き、
午後には、山ではたった400m以上で雪も降るという天気だった。
当然地上も寒かった。
こんな雨の中を、町を探してうろうろする気にはならなかった。

天気さえ良ければ、これ幸いとほいほい出て行くところだった。
なんたってオーストリアは平日。
どこかでショッピングができるかも、だ。

しかし、冷たい雨の降りしきる中に、出て行く気が起きない。
こんなに寒くなるとは思わなかったから、コートも持たずに出かけてきていた。

午後の休憩時間に夫が、
セミナー終了後の、講師陣との懇談会にも参加すると言い出したのを機に、
私の忍耐がぷつっと切れて、だんだん腹が立ってきた。

冗談じゃない。セミナーが終わったら即帰る!
大体セミナーなんていうものは、
講師の誰もが必ず持ち時間をオーバーして話すのだから、
時間通りに終わるわけがない。
遅れて終わるセミナーの、その後の懇談会にも参加する?
まったく冗談じゃない。

セミナー終了は、もう夜の7時に近かった。
夫は、居合わせた顔見知りの数人と話すに留めて、
帰ることにしてくれた。

朝早くから出かけて、帰宅したのは夜の9時を廻っていただろうか。
行くんじゃなかった。てこでも家に残るんだった。
頭にきてたが同時にとても疲れて、パソコンつける元気もなくなった。
ああせっかくの休日が、無に帰した。

今後は気をつけよう。
3時間なら、まあまあ集中力も続く。
しかし、9時間は無理!絶対無理!
今日など、仕舞いには
プレゼンの文字すら、見るのも読むのも気分悪くなったくらいだ。
(実は、休憩時間に飲んだコーヒーがあんまり強くて胃が痛くなり気持ちが悪かった。)

かくもめでたい統一ドイツの日、
私は一日分の時間を失い、ムカムカしながら眠りについたのだった。

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叔父さんの「マイ・ヒストリー」

セミナー参加で丸々つぶれた「ドイツ統一の日」の翌日(土曜)は、
今度は来客で午後が丸々つぶれた。

来客とは、夫の叔父夫婦+叔父夫婦の友人一名。

夫には、アメリカに住む叔父夫婦、というのが何組かいて、
そのうちの一夫婦が、
先週全く何の前ぶれもなく友人まで伴って突然ドイツに里帰りし、
夫の実家の人たちを驚かせた。
そして宿泊先を、ちゃっかり義兄の家にしたらしい。
(義兄の家と夫の実家は目と鼻の先。我が家とは140kmの距離がある。)

この叔父さん夫婦に私が初めて会ったのは、
4年前だったろうか。それより前には会ったことがなかった。

アメリカに移住して以来、もう40年以上になるんだそうだ。
叔父さんは、若かりし頃むこうで無一文から始めた事業がうまくいき、
それなりの財を築いた人だ。
アメリカ国内でも、色んな所で家を買っては移り住んでいる。

この叔父さん、要するに「夫の父親の弟」なわけだが、
叔父さんが3ヶ月の赤ちゃんだった時に、夫の父親の両親が養子にした。
生みの親に事情があり、そういうことになったそうだ。

あと数年で70歳になろうというこの叔父さん。
今回突然の帰国目的は、オクトーバーフェスト(今年は本日5日が最終日)ではなく、
叔父さんが何十年もかかってまとめ上げた『自分史』がほぼ完成に近づいたので、
本になる前の原稿を親戚に見せたい、ということだったようだ。

ということで、この叔父さん夫婦、昨日午後に義兄の運転で我が家にも来た。
フロリダ在住の友人というアメリカ人女性を一人伴っての今回の帰国で、
その彼女ももちろん連れて、つまり4人でやって来た。

叔父さんは、元気があって明るくて賑やかな人だ。
ちょっと変わり者かもしれないが、
だからこそ、ドイツを飛び出しアメリカでサクセスフルに生きて行けたのだろう。
アメリカに住んでいると、ドイツの食べ物は時々恋しくなるが、
ホームシックというものはただの一度も感じたことが無いと言っていた。

みんなでお茶して雑談している分には良かったが、
叔父さんが誰かに見せたくてうずうずしている叔父さんの「マイ・ヒストリー」を、
私が見せられる羽目になった。(なぜに私?)

叔父さんが、原稿本をうやうやしく箱から取り出す。
厚さとしては2センチ程だが、それでもかなりのページ数だ。

写真が多く、叔父さんがこれは誰だそれは誰だといちいち説明してくれるが、
私にはもうチンプンカンプンで、
あぁそうですか、へえぇ、とか相槌だけは親切にもちゃんと打ちながら、
これが、最後まで続くの~?とか思いながら眺めてあげた。

私は、なぜ叔父さんがアメリカに渡ったのかとか、
アメリカでの苦労話などには結構興味があるが、
叔父さんの生涯を目の前で1ページずつめくられても、
それを興味津々で眺めるところまでには興味が湧かない。

でも、こういうの、作った本人は人に見せたいものなのだろう。
その気持ちだけは、よくわかる気がする。

家系図に始まるその原稿本。
(家系図には、私や子供達まで入っていた。)

内容的には写真が大半を占めるような印象だったが、
なにせ、生みの親と育ての親がいるから、写真の数も半端じゃない。
養父母方の親戚の写真はやはり多かった。
古い写真を、これだけ沢山よく集めたものだ。

叔父さんは、人差し指の指先をべろんと舐めてはページをめくった。
この、私の大嫌いな行為を、叔父さんはページの数だけやって、
ページごとに私に逐一説明をした。
私は、うへーと思いながら、それをおくびにも出さずに頑張るのだった。

興味深い写真も中にはあった。
夫の両親の若ーい頃の写真とか、夫や夫の兄弟の子供時代の写真とか、
夫の実家の、増築前の写真だとか。
まさに歴史が、そこにあった。

叔父さんのヒストリーを、最初から最後までざっと眺め、
波乱万丈だったに違いないここまでの生涯を「形」にして残したい叔父さんの気持ちを思ったら、
やっぱり親切心が頭をもたげ、目を輝かせて見てあげようと頑張る私なのだった。

でも、ページめくる度に指舐めるのだけは、やめて叔父さん!
ところでそれって、アメリカン達もするの、叔父さん?

なんやかやで午後が丸々つぶれたが、
叔父さんの「マイ・ヒストリー」本からふと顔を上げると、
うちの息子が、ブロークンなイングリッシュを駆使して、
叔父達が連れてきたアメリカン女性と会話をかわしていて、
それがなかなか笑えた。

ま、叔父さんたちの訪問は、子供達にとっても珍しい経験となったろう。

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自分を見失ったと思う時

夏はとうに過ぎ去り、秋晴れも少ない今年のバイエルン。

子供の頃から、夏が終わる頃に落ち込む癖のある私だが、
今年は9月が過ぎてもウツウツし続け、思考回路は少々ネガティヴ。

…と、前置きをするワタシ…。


さて。

もう何年も前、あれはまだ私達が結婚する前だったと思う。
多分、18年も前のことだ。

あの頃は、彼も私も東京に住んでいて、
週末のその日、私達は、彼の友人宅のホームパーティでわいわい飲んでいた。

何かのきっかけで私は、その日初対面だったある日本人女性と話した。
その人は、過去にアメリカ人と結婚したけど数年で離婚した、という人で、
私よりも10歳近く年上に見えた。

あの時私は、心の中で生意気にも思った。
ふーん、あなたは、要するに国際結婚に失敗したわけね、かわいそうに。
でも、私は違うわよ、私は大丈夫、絶対に失敗などしない。
彼と私は、ずっと仲良くうまくやっていける…。
あの頃の私は、本気でそう信じていた。

私は、あれきり何年も何年も忘れていたあの女性のことを、最近になって思い出す。
(彼女には、子供はいなかった。子供をもうけること無く離婚した人だった。)

18年後の、今の私は、自分の今のこの現実を踏まえた上で、思うわけだ。
ああ、あの人は、(そのアメリカ人と離婚をして)利口だったな。

結婚って、元を正せば他人だった相手と暮らす生活そのもので、
そこから生じる思いや悩み、子供がいればいたで家族の中の人間関係など、
うまくいかないことがなんと多いかと、私は毎日思う。
(ブログに気安く書けない事が、どんだけあるかと思うね。)

私の現在を、18年前に予見し得ていたなら、
私はきっと、国際結婚などしなかったし、
こうして外国に暮らすこともきっとなかった、はずだ。
(もとより、外国暮らしに憧れたことなど、ただの一度もなかった。)

もちろん、ここまでの全ては、
その都度自分の選んできた道なのだから、
今さら考えても仕方ない。
人生は、やり直しのきかない実験みたいなところもある。

国際結婚の子供達が、
十代にもなってくると、どこかの年齢で必ず対面する(と聞く)「自分って何だ」問題。
アイデンティティ。
自分が自分であるということ。
自分のルーツって何?

私自身は、100%日本人で、国際結婚の子供ではないが、
それでも一体何年前から私は自分でその問いかけにぶち当たってきたんだろうか、
と、思う。

対面しても答えの出せない問いかけ。

いつしか日本人離れしてしまい、
かと言ってドイツ人に近づくこともない自分がいる。

まったく、自分って何だ?だ。


ところで。

先日ご年配の日本人の方と食事する機会があった。
日本在住の方で、ドイツ訪問中だった。
もちろんルーツはしっかり日本。
識者の方なので、私は、実は結構緊張した。

変なことを口走ってしまったらどうしよう。
日本語が怪しくなっていたらどうしよう。

普段、インターネットで日本のニュースを見るとしても、
ほんのいくつかの、それもニュースの見出しだけ見るだけ、ということも多い。
だから私は、日本のことに全く詳しくないから(ドイツのことにも詳しくないけど)、
何かトンチンカンなことを言ってしまうかもしれない。
そうならないように、せいぜい気をつけなくては。

なーんて思っていたものだから、始終緊張した。
(お会いしてみたら、なかなか無口な方だったので、私の緊張もそれだけ増した。)

まったく、こうなった自分って、何なんだろうな。
日本人に会うのも、緊張が伴うから億劫になり、ドイツ人と話すのは疲れた。

私みたいな、ある意味精神面で弱い人間にとっては、
きっと、今の全てに対する「器」というものが足りなかったということか。

私は、自分が自分らしくあると思っていた昔の自分を、
とうに見失ってしまったのだと思い、
心許ない気持ちで胸が一杯になってしまうのだ。

(次回につづく~。かも)

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自分を生かすこと

(前回から続きます。)

結局あなたは暇すぎるのよ!だからそんなことばっか考えるのよ!
という声が聞こえてきそうな…前回の記事でした。


さて。

確かにそう。
暇すぎるから余計なことを考える。

体は忙しく何かをしていても、
頭の中ではいつもいつも、自分のことを考え、そして、
こんな心許ない私を母に持ってしまった子供達のことを考える。



生き甲斐というものを感じて毎日を生きていたなら、
多分世界のどこに住もうと関係なくて、
きっと(精神的に)元気よく生きていけるのじゃないかな。

アメリカに40年以上住んだ夫の叔父さん夫婦
叔父さんは、夫の親族とは血のつながりというものがないから、
私にとってはさらに遠く、何だか不思議な存在に思える人ではある。

叔父さんは、若い頃にアメリカにわたって以来、必死に働いてきた(はずだ)。
ドイツで学んだ技術(彼はBMWのメカニックだった)
を生かしてアメリカで始めた仕事がうまくいった。

叔父さんにとって、仕事は生きがいだったろうし、
何も無いところから生活を築き上げていったのだから、
それが自分の支えや精神的な強さになっているのだろう。
だからこそ叔父さんには、振り返る『マイ・ヒストリー』があるのだ。

並々ならぬ苦労もあったと思うし、
ドイツ人だからどうの、という場面だって数知れなくあったかもしれない。
英語なんてちゃんと学んだことなど一度もない、と笑いながら、
叔父さんは上手な発音で英語をぺらぺら喋る。

叔父さんの元気の源は、
「自分を生かして生きている」ことなんじゃないかな、と私は思う。
生きがいを感じて生きて来れたから、
ホームシックも迷いも無かったのかもしれない。

私のように、ああだこうだと思い悩む時間など、
叔父さんの生涯には多分無かったんじゃないだろうか。

でも、それじゃ叔母さんのほうはどうだったんだろう。
(私は、叔母さんと話す時間が無く、ほとんと何も聞かず終いだった。)

二人は共にドイツ人。

その二人には、家の中には二人のルーツ「ドイツ」があったのだと、私は思う。
外で二人がどれだけアメリカに馴染んでも、
家の中ではほっと一息つけてドイツ人らしくいられたのではないかな、と。

そのあたりが、うちとは違っているなあと思うわけだ。

もし私たち夫婦が、日本人同士で、そして外国に住んでいるのだったら、
今とはまったく違う心持ちがありそうな気がする。
何かこう、もっとしっかりと「日本人」でいられるような気がする…。

異国の地だろうが関係無く自分を存分に生かし、
年取ったって生き生き生きてるアメリカの叔父さん。

この私は、この場所で自分をどう生かせばよいのかわからぬままに、
もう何年も何年もたつ。

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