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結婚式の思ひ出2

前回の純日本風な結婚式&披露宴は、出席者が家族と親戚中心だったので、
その1週間後、とあるメキシカン・レストランで友人知人中心のパーティをした。

日本で婚姻届を済ませ、その1週間後ドイツに渡った。
ドイツでは、結婚式はやらず、婚姻届けとパーティをすることにしていた。

ドイツでの婚姻届けというのは、日本のそれとは大きく異なり、
これはもう、ちょっとしたセレモニーであった。

かつて義母が何年も勤めていたという、実家の隣町の町役場で、
そのセレモニーをすることに話が決まっていた。

私はあの日、着物を着た。
今は亡き母が、結婚祝いに私に作ってくれた、くすんだ赤の留袖を着た。

私は、着付けの知識が無かったので、
急遽母に2日間特訓してもらい、練習してからドイツに向かった。

ドイツの両親は日本の結婚式に出席せず、
私の両親もドイツへは向かわなかった。

それは双方そういうことでいいと思っていたので、
どちらからも何の反対意見も出なかった。
誰かが、だからと言って残念がるとか悲しむというようなことも、何も無かった。

私の両親がドイツに旅行するのは結局かなわなかったが、
彼の両親は一度日本に来て、私の実家にも足を運んでくれた。

私は、ドイツでの婚姻届けのあの日、だから「たった一人の日本人」だった。

当日は一人で支度をした。母はきっと、娘がうまく着物を着れるかと、
遠い日本から気をもんでいたに違いない。

髪は、長かったのを自分で結い上げ、髪飾りをつけた。
義兄の持っていた大きな姿見の前で、
時間をかけて落ちついて着ていったから、うまくできた。
ワインカラーの留袖に、金の刺繍の帯が美しく映えた。

義母がかつて勤めていた町役場は、小さなお城みたいできれいな建物だ。
セレモニーを行う部屋は、これもきれいな、図書室のように見えた。
壁に沢山本が並んでいたような記憶があるが、今となっては定かではない。
私も、それなりに緊張していた。

大きなテーブルを囲んで席に着いたのは、
町長さんと秘書?の方、彼と私、そして、
結婚立会人(日本で言うところの媒酌人)として、彼の兄と彼の親友。

参列者は、家族、親戚、あとはごく近しい友人達だけだ。
あの時私には、ドイツに友人が一人も居なかったので、
友人として参列したのはみな、彼の友人だった。

あの日は、朝から雨が降ってあいにくの天気だったのが、
セレモニーの始まる頃になんとかやんでくれた。

セレモニーが始まると、まず音楽が流れたように記憶している。
ちょうど雨上がりの空から日が差した。
音楽の歌詞の意味は、当時の私には何もわからなかったが、
多分ドイツの人には馴染みの、こういう時のための音楽だったのだろう。

町長さんのお話を聞き、当時ドイツ語をまだあまり話せなかった私は、
当然のことながら全てが、ほとんどちんぷんかんぷんではあったが、
緊張しながらも浮かれてはいたため苦にもならず、
さもわかったような顔をして聞いていた。

町長さんの秘書さんは、分厚い本を開いて読み上げた。
結婚の心得だったのだろうか。
一段落を読み上げては、音楽が流れた。
私は、意味を想像できても細かいことは理解できなかったから、
全て聞き流した。

意味不明な言葉を何時間か連続して真面目な顔して聞き続けるのは、
なかなかどうして大変なことである。
 
ようやく式も終わりに近づき、婚姻届けに署名をする時が来た。
その大きなテーブルを囲んだ全員が署名したように記憶している。
当時は不慣れだったアルファベットのサインを、私もした。

終わるまで2時間とかかかったらしい。
義母が、いかに町長さんが時間をかけて丁寧にやって下さったかと、
私達に嬉しげに話した。
普通は1時間ほどで終わるものだと、あとから聞いた。

確かに、これくらいのセレモニーの後ならば、
これからさらに(日を改めるとしても)教会で結婚式をやるとなったら、
日本で既に結婚式をした私達は、かなりしらけたかもしれなかった。
やはり彼の言ったとおり、結婚式は一度だけでよかったのだ。

建物の外に出たところで、ライスシャワーを浴びた。
この後のパーティのみに出席する彼の友人達が、
外で待っていてくれたのだった。

皆で結婚パーティ会場へ向かった。
会場は、この場所から20キロほど離れた町の、
とある湖のほとりのレストランだった。

そこへは皆当然のことながら、車で向かった。
新郎新婦の私達が乗せてもらったのは、義弟が当時持っていた車だった。

ベンツでもなく、BMWでもなく、ちんまりとした赤のミニクーパーだった。
ボンネットには、40センチも幅のある白いリボンがきゅっと結ばれていて、
その上には花束が乗っかっていた。

ドライバーは、もちろん義弟が務めてくれた。
運転手よろしく白い手袋をし、帽子もかぶって、
後部座席に乗り込んだ私達にシャンペン・サービスもしてくれた。
(自分でもちょっと飲みながら運転した。)

レストランまでの距離を、何十台かで連なりゆっくり走った。
どの車も、クラクションを鳴らして走った。
対向車も、それに応えてクラクションを鳴らした。

ミニクーパーの後部座席に少々窮屈に収まりながら、
ふうん、こんな風にするんだーと思って、とても楽しかった。

レストランでのパーティも楽しかった。
夜中の二時を廻っても帰ろうとしなかった私達に、
しまいにはレストランも不機嫌になった。

しかし何はともあれ、めでたい夜であった。
私の着物は、最後まで崩れなかった。

16年前の、7月10日だった。
まだまだとっても幸せだった。

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コメント

No title

こりゃまた素敵ですね。
しかしそれだけ時間が経っても着崩れないとは、着付けの才能がありますよ。あと体型がいいんでしょうね。よく「寸胴のほうが着物は似合う」みたいに言われてますけど、くびれのある人のほうが着崩れないと思ってます。帯がおしりでしっかり止まるんですよね。あとはとムネね。これ必須。
独身のドイツ人が「イギリスの古いお城で結婚式を挙げたいの!」といっていて、乙女の願いはどこの国でも同じだなーと思いました。着物で結婚式、すてきです。

あいざぁさんへ

でもやはり、着物というのは、寸胴の仕上がりが一番美しいと思います。
私の場合、鳩胸でもずん胴でもないんですが、着崩れはしませんでしたね。それはひとえに、息もつけぬほどきつく締めすぎたから・・・(うっそ)。
(要所要所をきちんと仕上げたということだったかと。)

体型の補正はとても難しく、前から見たときにずん胴にしようと思うと、横から見たときにお腹と背中が出すぎたりして。
自分専用の補正バスタオルとか作るんだったなあ、とか思いましたね。

ただ、『私以外にだれも日本人がいなかった』、これが勝因でしたね。まわりは大雑把なドイツ人のみ!たとえ着崩れたとしても、いったい誰が気付いたことでしょう!

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