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りんごの木の下で

先週末の金曜は、夫の実家に一泊しに行った。

土曜が義父の誕生日だったというのが一番の理由だったが、
もう一つの理由は、義母が7月に手術で入院したら
その間一人きりになってしまう義父をどうしたらいいかということについて、
義兄が夫と話したがっていたからだ。

義母の振る舞いは、私の目には、
(癌と自分でわかっていても)ほぼ普通に見えた。

義両親の家の裏手には、広い庭があって、
大きなりんごの木が2本、小さなりんごの木が一本、
あとは、大きな白樺その他、色んな木がある。
庭の端には、小さな菜園もある。

庭の中ほどには、
グリル・パーティなど外で食事をする時のテラスがあって、
古いが立派な、重たい木のテーブルとベンチが置かれている。

りんごの古木の一本は、そのテラスのすぐそばにある。
時間帯によっては、
テラスの人達に気持ちのいい陰を作ってくれる大木だ。

その古いりんごの木の下には、古いベンチがあって、
それはテラスの立派なベンチと比べたら、
はるかに貧弱で見劣りがするんだけれども、
義母は、そこに座って庭を眺めるともなしに眺めるのが好きだ。

金曜の夕食は、手っ取り早くみんなでビヤガーデンに行った。
戻ってきた時はまだ、明るかった。

義母と私は、何となくその、りんごの木の下の古いベンチに腰掛けて、
長いこと他愛の無いお喋りをした。
病気とは関係の無い、昔の思い出話を、義母は沢山話した。

あたりがすっかり暗くなるまで (現在日没は21時を少し廻った頃)、
時々蚊に刺されながら、私達はそこにいた。
夜の冷えてきた空気に、私の腕はすっかり冷たくなっていた。

私は、そのお喋りの中のどこかで、義母に伝えたかったことを、伝えた。
病気の人に何もしてあげられない私は、ただこう言った。
(義母の病気のことを聞いて以来)ずっとあなたのことを考えてたよ。
義母は、喜んでくれた。

当り前のことを、私はふと思った。
自分がいつか病気で悩み苦しむ時がきても、
身内の誰一人として、私を救うことはできないのだ、と。
義母はそれを私以上に、人生の先輩としてよくわかっている。
医術にすがっても、身内にすがることはできないのだ。

(ようや)く私達は、立ち上がった。
私は、義兄の家に顔を出すことになっていた。
義兄の家は、その庭を隔ててすぐそこだ。
夫は既に義兄の家だった。

私は、義母におやすみを言って、暫(しばら)く義母と抱き合った。
これまで、別れ際にバイバイまたねとちょっと抱き合うことは何度もあったが、
おやすみを言って抱き合ったことは、かつて無かった。
私は、義母の太った背中を、抱きしめた。




追記 :

これが日本人だと多分、
とりあえず目と鼻の先に住んでいる義兄夫婦が義父の世話をするべきだ、
という考えがすぐに出てくると思うのですが、
そこが、ドイツ人は違うのですね。

わかっているのは、義父が家から一歩も出たくないということなので、
これはもう、義父のために第三者の手を借りるしか、
つまり、誰かに世話をしに来てもらうしかないだろう、
というのが今の義兄と夫の考えのようです。

ドイツ人にとっては、まず自分の都合というものが一番で、
そして、夫婦の都合というのが次に来る。
自分達の生活は、親のためでも何のためでも崩したくない、
というところが、とてもドイツ人らしいと思います。

そして、その親達も、自分の親に対しそうしてきたのだから、
それでいい、ということなのかもしれません。

ただここで難しいのは、義父が、たった今は状況を把握しても、
その数時間後には、その記憶がなくなるらしい、ということです。

夜間を一人で過ごせない義父のために、
義母が留守の間は誰かが家に住み込みで手伝いに来る、
ということを、義父は理解「し続ける」ことができないわけです。

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