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年を取るということ

先週に引き続き今週も、一泊二日で夫の実家に行くことになったので、
この間の庭仕事の続きや家の掃除をしてきた。

私は最近、義両親に会うたびに、「親が老いる」ということを身近に感じる。

私にはすでに両親がいないと前にも書いたが、
持病のあった父は70代の半ばまで生きて4年前に亡くなり、
父よりも10歳以上年下でいつも元気だった母のほうは、
11年前のある日突然倒れて、60歳になる前に逝ってしまった。

私は18歳で家を出て以来ずっと出たまんまで、
東京に住んでいた頃だって帰省するのは年に2度ほどだったから、
自分の親が年老いていくのを間近に見つめてこなかった。
何となく、親はいつまでも年をとらずに、いつかのままでいるような気がしていた。

特に母のことなど、50歳を過ぎてからだって、
ああ母も年を取ったものだというようなことを、私は思ったことがなかった。
私にとってはいつも若く元気な母だった。

さて、先月なかばに腎臓の手術を受けた義母は、
あれからひと月が経ち、料理もできるくらいに回復していた。車の運転も再開していた。

70代なかばの義母は、手術で体が衰えた分、体を動かすのは大儀そうだ。
ただでさえ太っているから、重い体と病気を抱えて動くのはさぞ大変だろう。
人間、太らないに越したことはない。

向こうに行った日の昼食に、義母は具沢山のスープを作ってくれていた。
私達など、お昼にお腹が空けば勝手にその辺のスーパーなり肉屋さんに行って、
何か出来合いのものを買ってくることは簡単なので、
義母に私達のためには何も用意しなくていいからと、いつも言っているんだけれども、
義母はいつも何か用意しようとする。

ということで、その日のお昼はスープとパン。
そして義母が、私にサラダを作ってほしいと言うので、
キッチンに行き、適当にレタスとトマトとパプリカでサラダを用意した。

食器の用意をしようと引き出しを開け、
いつものことながらあまり清潔そうには見えない気のするフォークやスプーンやスープ皿などを取り出し、
義母が早々とテラスに出たのをいいことに、それらの物をこっそり流しで洗った。

義両親のところでは、食器の片付けは、義母だけじゃなくて義父もやる。
二人とももう視力が衰えていて、洗い物をしても、どうもよく見えていない手元でのことだから、
きれいになっていようがいまいがきれいになったつもりで流して拭いて片付ける。
でも、実はあんまりきれいになっていないこともある。

キッチンの窓辺近くには、半分のバナナと半分のネクタリンが小皿に載せて置いてあった。
これは義母の食べ残しで、どちらも切り口が酸化して茶色くなっていて、その回りを小さな虫まで飛んでいる。
私なら迷わず捨ててしまいそうだ。

義父はもとより果物を食べたがらない。
ビールがバイエルンの果物だとかバカを言っている。

義母は果物が大好きだが、りんごもネクタリンも何でも、年のせいで一度に一個を食べ切れなくなった。
そして残りを食べるのは翌日や翌々日になったりする。
それならせめてラップして冷蔵庫にしまったりすればいいようなものだが、それも面倒なのだろう。
だから何でもすぐに茶色くなって、小さな虫までやって来る。
だけど捨てることも出来ずにいる。

年をとるというのはこういうことなのだと、最近の私は思ったりする。
食べようと思ってもできなくなる。
何かをきちんとやろうと思っても、そしてやっているつもりでも、もうきちんとはできなくなる。
皿洗いだけじゃなくて、お掃除だって何だって、もうちょっと若かった頃のようにはもうできなくなっているのだ。
細かいところのお掃除が出来なくなっていくから、だから、あっちもこっちも、何だか清潔じゃなくなっていく。

ところで今回私は、庭で主に義母の花壇の手入れをした。
義母の自慢の花壇には、様々な花が植えられているがメインは薔薇だ。
道路から家の玄関までの、十数メートルの通路に沿って細長い花壇があり、
あとは、リビングから出る方のテラスの縁に沿ってもう一つの細長い花壇がある。

義父はよくそのテラスのベンチに座って、ぼんやりとしていたりする。
義父は、私が庭で何かしているのを見ると、
あまり見えなさそうな目をしているのにそれでもちゃんと私だと認めて私の名を呼ぶ。
ここに来て一休みしなさいと、ベンチの自分の隣を手で指し示して、笑顔を見せる。

認知症が進んでいるから、私のことなどいつ忘れ去られるかといつも思うが、まだ覚えていてくれる。
どうやらちょっと古い記憶のほうが、頭の中では長持ちしているらしい。

義父は、もう10年以上も前から耳が遠くなっていて、
ここ数年ではおそらく何も聞こえなくなってしまったように見受けられる。
長いこと音のほとんど無い世界に生きている義父は、
視力の衰えもあってすっかり気弱になっている。

ぽつんと一人でテラスのベンチに座って空(くう)を見つめている時などに、
義父は寂しげで悲しげで、そして今にも泣きそうな顔をしていることもある。

立ち上がろうとしてよろけそうになる。
食器を片付けようと無理をして義母に怒られる。
それでも何か手伝おうとして、私が皿を洗っていると拭きにやってくる。

年をとるのはこういうことなのだと、私はまた思う。
哀しいけれど、そしてとても嫌だけれど、私にもそういう日が訪れないとは限らない。

私の母のようにある日突然逝ってしまうのでない限り、
ずっと生きていくならいずれは病気になったりもして、体が思うように動いてくれなくもなっていくのだ。
衰えていくというのはなんて切なく寂しいんだろう、と思った。

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コメント

ああわかります

ときどき読ませていただいてます。読んでいて身につまされ、思わずコメントしてしまいました。義理のご両親のご様子、まったく自分の親とそっくりです。そしてこの7月末から家族(夫・子供二人)でヘッセン州に住み始め、なにかあってもすぐ帰れない自分としては、時々訪ねては何かしらしてあげられるガーネットさんがちょっとうらやましくもあります。自分は元気で余力もあるのにただ遠いから何もできない(手紙電話くらい)、後々いつまでも悔いが残りそうな予感がします。渡独前にさんざん考えてこちらに来ることにしたにもかかわらず、です。「年寄り笑うな行く道じゃ」といいますが、自分にも記憶衰えや外見の衰え(!!)がじわじわ忍び寄ってくる年代となり、私としては「笑う」どころじゃない、「悲しく寂しい」という気持ちですね。

なんだかこの頃、
自分の行く末としての「老い」というものを意識するようになっちゃって…。
正直言うと、子供の頃とか今よりもっと若かった頃は、年寄りは汚いというイメージが強かったんです。
でも、最近義両親を見ていると、ああ人間年を取るとそうなりたくはないけどどうしてもそうなっていっちゃうんだ、という風に思うようになってきました。

そうですね、私の場合は、義両親にはたまに何かしてあげることは出来るんですが、
自分の親には本当に何もしてやらなかったなあと思います。
でも、だからと言って、それを悔やみ続けて今を生きているというわけではありません。
いずれ時が解決してくれることもあります。

ご両親に「今してあげられること」をせっせとしてあげる。それが電話や手紙やEメールだけだとしても。
それしかないのだと思います。
離れているから尚更に気遣う気持ち、それはご両親にきっと通じていると思います。

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