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中2の秋―学芸会の思い出

ふと、中学2年の秋を思い出した。もう30年以上も前のことだ。

私の通っていた中学校では、学芸会には学年ごとに劇をやることになっていた。
1学年で5クラスあったから、それだけの生徒数から出演者が選ばれるなら、
まさか自分が何かの役に選ばれるとか、何かを手伝わされるようなことは無いだろうと、
何となくそう思っていたし、別に関心も無かった。

しかしある日、学級担任の先生は私を呼び止めこう言った。
今年の学芸会で二年生は日本民話の○○○をやることになったんだが、
その主役をぜひやってくれ。

えー?私がですか?えー!!?嫌だぁぁ!
嫌がる私を、しかし先生は無視し、それじゃ練習は○○日からだとか言っていなくなった。

中学時代の私は、好んで人前に出て目立つようなことをしたいタイプの子ではなかった。
私に主役などできるわけが無い。まったく先生は何を考えて私なんかに…。

しかし先生の言うことには逆らえないと思って、練習に参加した。
嫌で嫌で仕方なかった。本当に、泣くほど嫌だった。

劇の練習を終えての帰り道は、
ちょっと遅い時間になってしまうから一緒に帰る友達もなく、一人で歩いた。
劇のことを考えるとあんまり嫌で、帰り道に涙が出た。
家に着いても、部屋にこもってまたしばらく泣いた。

主役の私の相手役には、学年トップの成績の男の子が選ばれていた。
彼も私同様に、心中かなり抵抗があったようだ。
しかし彼は、先生に掛け合って、なんと役を降りた!

そんなら私も、と思わないでもなかったが、
彼が降りたすぐあとで同じ事を企てるというのも、無理がある気がした。
彼があの時どんな理由を話して先生がどう納得したのか、私は何も知らない。

彼の代わりに選ばれたのは、私の幼なじみの小柄な男の子だった。
もともと背の高かった私は、彼より背の高い自分が嫌で、さらに憂鬱になった。
しかし彼は、ふさぎ込む私を力づけて引っ張ってくれたような記憶もある。

劇に出ることも練習も、あんまり嫌で毎晩家でよく泣いてはいたが、
それでも練習には参加して、だんだんと劇が形になっていった。

脇役に選ばれていた女の子の一人が、主役の私を羨ましいと言った。
私は、なぜ先生が彼女のような子を選ばなかったのか、さっぱりわからなかった。
彼女が、先生に頼んで私と役を代わってくれたらいいのに、と思った。
彼女が本当は先生に頼んでみたことがあったのか、私は知らない。

何度も書いてしまうが、私の毎日は憂鬱で、ある日私はある友人に気持ちを打ちあけてみた。
彼女は黙ってうなずきながら聞いてくれて、そして何の言葉も言わなかった。
私は、じっと聞いてもらえて嬉しかったと同時に、
彼女が私に一体何が言えるだろう、とも思った。

自分の悩みは自分だけのものであって、
別の人は私のつらさを、自分自身のつらさとしては感じないのだと、私はふと思いついた。
そういう意味じゃ、人間って、結構孤独なんだな。

中2の私には、その思いつきはもう、悟りみたいなものだった。
以来私は、いつもそう思って生きてきたところがある。

人の悩みを親身になって聞いてあげて、ああだこうだと話し合うことは出来ても、
自分がその人に代わってあげることはできない。
自分がその人と同じように感じ苦しむことは出来ないのだ。

学芸会が数日後に近づいた頃になってやっと、
自分がやるしかないのだと、私はようやく腹をくくった。
私は、演技の上手い下手はともかくも、
辞退したあの彼とは違って、とにかく逃げ出さなかったのだ。

当日になって、やっと開き直りも生じて、自分なりには一生懸命頑張ったつもりだ。
セリフのど忘れも間違いもしなかった。

ただ一つだけ、どうしても抵抗のあった台詞を、勝手に変えさせてもらった。
(苦労の末に)「こんなに痩せてしまった」という意味合いのセリフがあった。
食べ盛りでまったく痩せていなかった現実の私は、そのセリフにだけはひどく抵抗があった。
他の演技は出来ても、嘘はつけない自分だった。

終わって着替えて全てが済んで、私は友達と薄暗い体育館の後ろのほうの床に座った。
前方のステージで次の学年が何をやっていたのか、さっぱり覚えていない。

そばに座っていた誰か大人の人が、その隣の誰かにひそひそ言うのが聞こえて来た。
さっきの2年生の劇は、良かったですねえ、私は最後涙が出ましたよ。

ほぅ。私の迫真の?演技に、感動してくれた人もここに一人だけはいたのだ。

出演者と裏方のみんなで力を合わせてやり遂げたんだ、という達成感があった。
私は、これで練習の日々におさらばできると思い、とにかくほっとした。

泣くほど嫌で仕方の無かったことから逃げずに最後までやり遂げた、という経験が、
自分にとってどれほど良かったとか人生の役に立ったとか、そういうことは、
事が過ぎてみてもなぜか全く思わなかった。(今だって思わない。)

主役になど選ばれなかったら選ばれなかったで、
のほほんと過ごせてそれも良かったに違いない。

ただ私には、あの経験を通して悟ったことがあった。

人は人。
人の考え方感じ方は、その人だけのもの。
人の悩みは人の悩み、自分の悩みは自分の悩み。
人にはわかってもらえないことがある、代わってもらえないことがある。
そして私にも、わかってあげられないことがあるのだ。

・・・そういうことを私はあれ以来、思うとはなしに思いながら生きている。

だから。

何かに対して夫と私の意見が正反対だったりする時にすぐ不機嫌な顔をする夫を、
私はどうにも理解できない。

彼の考え方と私のそれとに、決して歩み寄れない事柄があっても、
それはそれだ、仕方が無い、と思ったりする。
ふーん、あなたはそう考えるのね、でも私はこう、で終わる。

夫は、と言うか、男性は多分、
女性から自分に考えを近づけてくれることを期待するものかもしれないが、
歩み寄れない部分がある時は仕方が無いと私は思う。

一見冷たい言い方かもしれないが、
私は彼ではないのだから、彼のように感じ考えることはそもそも出来ないのだ。
そして、夫と違うことを私が思っても、だからと言って夫が機嫌を損ねる必要も無い。

夫は夫。私は私。子供達も子供達。
だってみんな違う人間なのだから。

しかし夫には、それがどうしてもわからないらしい。
と言うよりは、わかりたくないことなのだろう。

でも、以上のことは、どちらかと言うと心の中の感じ方であって、
話し合って何か一つの答えを出さなきゃいけないような時というのは、それはまたそれだ。
夫と意見の合わない時には、大抵の場合、私のほうから折れるようにしている。
相手が無理に自分の考えに合わせたために後悔や嫌な思いをするくらいなら、
その反対のほうがどれだけ気が楽か知れない。
ただ、心の中のことなら、私はやはり私らしく自由に勝手に感じたい。

あの学芸会は、多分11月だった。
きっと10月あたり、練習でとても忙しかったんだろう。
そして毎日の帰り道に、一人泣きべそをかいていたのだ。

このところ冬みたいに寒いバイエルン州で、
今日は雨まで降っているグレーの空を眺めながら、
9月なのにまるで11月みたいで、
それで遠い昔を思い出してしまったのかもしれない。

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コメント

いいお話ですね。

私が40歳を過ぎてようやくわかったことを、ガーネットさんは既に中学生で、しかも多感な時期だったからこそ、悟られたんですね。
いいお話でした。ありがとうございます。

9月で暖房。寒くても空の色さえ青ければ気分も違うんですけどね。こちらNRW州もやはり寒いです..

黒猫さん

コメント、嬉しかったです。ありがとうございました。
細かな記憶としては何も無いんですよ、つらかったことだけ鮮明に覚えているだけで(笑)。他の子達がどんなだったとか、先生が励ましてくれたことがあったのかとか、そういうことを何も覚えていません。自分のことしか無かったんでしょう、全く何の余裕も無かった。
母親に愚痴ったこともありました。母は、私が気持ちを打ちあけた友人と同じく、何も言いはしませんでしたが、でもじっと見守っていてくれました。もしもその友人や母から、『何言ってるの、主役なんてすごいじゃない、頑張んなさいよ』なんて言われてたら、もう倒れていたかもしれません(笑)。
決して突き放すわけじゃなくて、ただじっと黙って聞いてくれる、そんな優しさがあるということも、あの時に悟りました。学芸会当日に、悪天候だったにも関わらず母が見に来てくれていたことを、後になって他の人から聞いて知りました。ほんと、母は私に何も言わなかったんです。

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