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娘の誕生月

毎朝、行ってきまーすと日本語で言って家を出て、
どんどんむこうに歩いていく娘の、
そのうしろ姿を玄関先で見送るのが、私は好きだ。

私を振り返らない、子供の後姿が、私は好きだ。
 
10月は娘の誕生月で、お陰さまで娘は15歳になった。
娘を産んでからそんなにたつかと思うと、本当に信じられない。

私に向かって、泣きながら抱っこをせがんだちっちゃな娘を思い出すたび、
ここまで無事に大きくなった娘のうしろ姿に、いつだって私は、人知れず目頭が熱くなる。



娘がお腹にいた時に(当時住んでいたのは東京)、
妊娠初期の血液検査でトキソプラズマ症と言われ、薬を飲むよう医師から言われた。

ちょっと強い薬だから、もしかすると気分が悪くなるとか眩暈がするかもしれません。
でも、ちゃんと飲んでください。
担当の医師(初老の女医)はそう言った。

もともと心配性な私は、そのことでそれこそ泣くほど心配した。
トキソプラズマ症が原因で起こる症状に、
水頭症というのがあると育児書には書かれてあった。
お腹の子が、生まれつきそういった病気を持っていたら、私はどうしよう。

子供が病気を抱えて生まれてくることは、果たして幸せなのだろうか…。
私は、この身の生ある限り、頑張れるのだろうか…。
いっそこの妊娠は、諦めるのが良いのだろうか…。
そんな強い薬を妊娠初期に服用したら、それこそ胎児に悪影響はないのだろうか…。
いろいろと考えはしたが、それでも私はそのまま妊娠を継続した。

比較的近所だからという理由で通い始めた病院だったが、
しかし病院にしては規模が小さいためか、『ここでは分娩は扱わない』と、ある日言われた。
急いで別の病院に移ることにしたのは、もう妊娠6ヶ月が過ぎた頃だった。

移った先で、トキソプラズマ症で心配していることを
医師(今度は初老の男性)に伝えると、その先生はこう言った。

あぁ別に心配いらないんじゃないかなぁ。
誰でも多かれ少なかれ感染してたりするものですよ、
野良猫とかね、ああいうのから感染することがあるけれども、
でもねぇ、誰だって、野良猫抱いたこととか、あるものでしょう?子供の頃とか、ね。
妊娠してから初めて感染したのか、そこは判断しにくいところもあるんだけれど、
んー、心配しなくていいと、僕は思いますよ。

所変われば医師の見解も変わり、
異性の医師の言葉に、私はとりあえず前向きに考えることにした。
(と言うか、その時点ではもう、産むしかなかった。)

そして予定日を5日過ぎて生まれた娘は、普通に元気だ。
結果的には、あの時心配することは何も無かったわけだ。



娘が生まれた時、私達は東京に住んでいて、
ドイツの義両親の家に初めて娘を連れて行ったのは、娘が10ヶ月の時だった。

ドイツでの外出先で、
(ベビーフードが原因だったような気もしたが)娘はサルモネラに感染した。
突然39度を越す高熱が出て、ひどい下痢になった。
それが数日続いて、娘はミュンヘンの小児病院に入院することになった。

病室に、私も寝泊りした。
当時の私は、ドイツ語がまだまだ未熟だった。
義母を始めとして夫の家族は、あそこはいい病院だから大丈夫、と言っていたが、
私にとっては、ドイツでの「良くない思い出」の一つになっている。

看護婦さんの一人が、 (ああ、あの人は、どういう人だったんだろう…)
私達親子を目の当たりにする前から既に憎んででもいたのだろうか、
彼女の態度に、私は腹を立てると同時に悲しくなり涙も出た。

彼女は私に声をかける時、『Du! Mama!(ドゥ!ママ!)』と言った。
ドイツ語を少しやったことのある人なら容易くわかることだけれど、
これは、初対面の大人同士ではあり得ない呼びかけである。

汚いものを見るように、その看護婦は私たちを見た。
そんなに嫌なら何もしなければいいようなものを、
その看護婦は、来るたびに娘のおむつを替えた。
下痢が続いて肌が赤く剥けてしまった娘のおしりを、
ごしごしと乱暴に、その看護婦はこすった。
娘は、痛みに体をよじって泣いた。
私は、つらくて目をそむけてしまった。

汚くて我慢できないものにも嫌々触らなくてはいけない自分の職務を恨むように、
その看護婦は、サルモネラに感染している娘のおむつを、嫌々替えた。
私がやるからと言っても聞かなかった。

治療は、水分補給の点滴だけだった。

あの病院の、回診の医師も、私をせせら笑うような態度を見せた。
「先生が状況を説明しても、どうせこの日本人は理解できないですよ」と、
随行の別な看護婦が言った。

サルモネラに感染という、これくらい簡単明瞭な状況なのだから、
ああ、医師の言葉くらい、母親たるもの、理解できなくても理解できるものだ。
(そうでしょう?これをお読みのお母さんたち!)

私は、ただ切なかった。
もしも今、日本にいるなら、
もっと親切なお医者さん&看護婦さんに出会えて、
もっと良い治療を受けられるような、
そんな気がした。

当時の私は、
サルモネラとは、大の大人が死亡するくらいに恐ろしいものだと思っていた。
娘は39度を越す高熱が1週間も続いていたし、
下痢のほうは、それこそ数分ごとにおむつが汚れた。
私は小さな娘がもうここで死ぬのかもしれないと思って、
病室で娘をおんぶしたり抱っこしたりしながら童謡を歌いながら、
涙が出て仕方なくなる時もあった。

娘は、熱は1週間を過ぎて次第に下がり始め、
下痢は退院後1ヵ月以上も続いたが、その後は次第に回復していった。


あんな思いも、今となってはとうの昔で、
娘が元気に15歳になった今、
あれだって何も心配要らなかったのだ、と、よくわかる。
そのうち直るものと、のんびり大らかに構えていればよかったものを…だ。

 
子供が小さかった頃は、小さなことを心配し悩んだ。
夜泣きするといっては何が原因かと悩み
(ちなみに赤ちゃんが9~10ヶ月くらいなら、
 ドイツ人は一様に「これは歯が生えて来るんだ、だからむずかるのだ、夜泣きするのだ」と
 一括りに結論しようとするのが大好きである)、

あるいは、子供が食べてくれない飲んでくれないと心配し、
ああゆうべは子供が良く眠ってくれなかったといっては心配した。


今じゃそれこそ笑っちゃうような悩みを、私はまじめに悩み、
毎日毎日子供のために何年にも渡って夜は寝不足続きだった。
やっと寝入った子供の顔は、それこそ天使のようではあったが、
私ときたら、日々疲れていた。

あの時期が、子育てで最も大変な時期なのだと、私は単純に思っていた。

あの頃を過ぎて何年もたち、
夫のこと、娘のこと、息子のこと、と、色々と悩みは尽きないが、
悩みの質が、あの頃と比べたらはるかに深刻になった。
もちろん、どこの夫婦にもどこの家にも色々あるわけで、うちだけじゃない。

容易く解決できない悩み。
こうすればいいんじゃないか、いや、ああすれば、、、
と思いながらも解決できない色んなこと。

心の底から、こりゃ参ったなあと思うことがあっても、
でも、もっともっと参っても頑張っている人がいて、
私の悩みなど足元にも及ばぬ何かを抱えている家族は沢山いるとわかっているつもりだ。
 
今の私の、いろんな考え事や悩み事は、
いずれまた、10年もすれば、
笑っちゃうようなちっぽけな悩みだったと思える日が、来るのかもしれない。
なんであんなに悩んだのだろうと、不思議に思える日が来るのかもしれない。

こうして生きているから、悩みも生まれる。

今日も無事に目覚め、そして一日を無事に生きたことに私は心で感謝し
(感謝をするのは、それは「私の神様に対して」かな)、
明日もまた元気に目覚めて一日を送れますように、と、
眠る前に夜空を見上げては、夜の冷気を何度も胸に深く吸い込む。


娘よ、15歳おめでとう。
ずっと優しさを忘れずにいてほしい。

いろいろあるけど、
私はあなたに会えてよかった。
ほんとにそう思うよ。

そして、
私を振り返らないあなたのうしろ姿を、
私はとてもうれしく思うよ。

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