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2008.12/05 [Fri]
ニコラウスの日の切ない思い出
12月6日は「ニコラウスの日」といって、
その日は、ニコラウスおじいさんが小学校にやって来る。
あるいは、自宅のニコラウスパーティに登場してくれるような
親切な出張ニコラウスさんもいたりする。
ニコラウスは、子供達にちょっとしたお説教をして、
そしてちょっとしたプレゼントをくれる。
ニコラウスは、サンタクロースの類とは全く異なる。
注:こちらバイエルンでは、ニコラウスの日はそんな感じかと思いますが、
州によって多少は異なるかもしれません。
この辺でもちょっと大きな町になると、
6日の日には町の広場で夜の早い時間などに、
ニコラウス・パレードがあったりする。
そういう所では、ニコラウスは天使達に囲まれ華々しく馬車で登場し、
馬車の周りはなまはげ的な従者達が固めてねり歩くので、
小さな子供達は、それを見るとちょっと怖かったりもする。
さて、個人の家でニコラウスの日にホームパーティをすることも多い。
私たちが初めてドイツに住んだ13、4年前くらいには、
子供達が小さかったので、ニコラウスの日にはパーティを開いた。
毎年3家族で一緒にやった。
場所は順番に、我が家であったり、友人宅であったりした。
大体どこの町にも、出張ニコラウスを引き受ける人がいて、
私たちもその日はニコラウスをお願いしていた。
ニコラウスというのは、例えばこんな感じ。

(写真はインターネットから拝借しました。どこかの幼稚園です。)
ニコラウスは、招かれている家に着くと、
まずは適当な挨拶をし、そして手にした本をうやうやしく開くと、
子供達一人一人順番にちょっとしたお説教を始める。
(場所が小学校や幼稚園の場合は、子供が多すぎるので、
子供達皆に向けてニコラウスが適当なお話をします。)
お説教の内容は、
子供に伝えたいことを親が紙に書き事前にニコラウスに渡しておく。
ニコラウスはその紙を元に、落ち着き払って実に上手くお説教を始める。
何も知らない小さな子供にしてみれば、
突然現れたニコラウスがなぜ自分に見合ったお説教を始めるのか、
とても不思議なわけだ。
親の口から聞けば反発したい事柄でも、
ニコラウスに諭されると、うんわかった、と素直にうなづいてしまうものらしい。
お説教が終ると、子供達は、歌を歌うとか詩を朗読するとか、
そんなパフォーマンスをニコラウスに披露したりもする。
ニコラウスは優しいから、子供達にプレゼントを渡し去っていく。
そのプレゼントというのは、親が子供のために事前に用意しておいたもので、
それをニコラウスから子供に手渡ししてもらうという形だ。
プレゼントはこんな感じの袋に入れるのが一般的。

ニコラウスが去ると子供達はちょっとほっとして、そしてプレゼントの中味を覗く。
みんな一緒の食事が始まる。
ニコラウスの日の夕方から夜にかけて、
小さな子のいる家庭ではそんな風に過ごす場合が多い。
そうそう、ニコラウスの日の切ない思い出を書こうと思ったのだった。
時は5年前に遡る。
夏にドイツに移ったあの年の12月6日、
昔ニコラウスパーティをやった友人達に誘われて、
6年ぶりに三家族一緒にやることになった。
でも、これで最後にしようという話だった。
子供たちも大きくなったし、もうこれでやめにしようということで、
三家族の親達の意見が一致した。
友人宅でやってくれるという最後のパーティに、夕方私たちは出かけた。
子供達へのお説教もプレゼントも、ちゃんと用意しておいた。
ところで、ニコラウスの日に子供達がもらうプレゼントというのは、
それほど大したものでなく、至って素朴なものである、と私は思っていた。
それは、それまでニコラウスの日を見てきた経験からそう思った。
プレゼントの袋に必ずと言っていいくらい入れるものとしては、
クルミとか、落花生とか、みかんとか、りんごとか、
そしてチョコレートやグミのようなお菓子類。
あとは、何かちょっとだけ
子供の喜ぶ小さなプレゼントを入れればそれでいい。
そんな風に私はとらえていた。
だからあの時も、さほどお金をかけたプレゼントではなかった。
ニコラウスの日は、クリスマスではないのだ。
さて、ニコラウスの去った後、子供達がプレゼントを開け始めた。
うちの子供達だけ早々と中味を全部見終って、
そして他の子が次から次へとプレゼントの包みを開けるのをじっと眺めていた。
そこで初めて私は悟った。
ああ、ある程度大きくなってきた子供達に、
6年ぶりのドイツで私の用意したプレゼントなど、
あまりにささやか過ぎたのだ。
友人達が用意したプレゼントは、もっとお金のかかった物だった。
それも一個だけじゃない。三個くらいはあったようだった。
プレゼントは、袋に入らなくても別に問題ないのだった。
(私は、袋に入るサイズのものだけをと、いつしか思い込んでいた。)
私は、自分が恥ずかしくなって、子供達が哀れに思えた。
ものを知らずに上手く準備のできなかったガイジンゆえに、
子供達に寂しい思いをさせた気になり、私はすっかり切なくなった。
私のあげたちっぽけなプレゼントを抱きしめ、
他の子が次のプレゼントを開けるのに忙しいのをじっと眺めている娘の背中を見て、
涙すらこぼれそうになった。
気を取り直すなど、容易く出来なかった。
どの程度のプレゼントを用意するものなのか、
何個くらい用意するのか、全部でいくら位使うのか、
参考までに事前に友人に聞いておくんだったと、かなり後悔した。
5年前のニコラウスの日。
あれを最後に、私達はもうニコラウスパーティをすることはない。
やだな、ニコラウスの日が来ると、
嫌でもあの日を思い出し、今でもちょっと辛くなってしまう私だ。



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その日は、ニコラウスおじいさんが小学校にやって来る。
あるいは、自宅のニコラウスパーティに登場してくれるような
親切な出張ニコラウスさんもいたりする。
ニコラウスは、子供達にちょっとしたお説教をして、
そしてちょっとしたプレゼントをくれる。
ニコラウスは、サンタクロースの類とは全く異なる。
注:こちらバイエルンでは、ニコラウスの日はそんな感じかと思いますが、
州によって多少は異なるかもしれません。
この辺でもちょっと大きな町になると、
6日の日には町の広場で夜の早い時間などに、
ニコラウス・パレードがあったりする。
そういう所では、ニコラウスは天使達に囲まれ華々しく馬車で登場し、
馬車の周りはなまはげ的な従者達が固めてねり歩くので、
小さな子供達は、それを見るとちょっと怖かったりもする。
さて、個人の家でニコラウスの日にホームパーティをすることも多い。
私たちが初めてドイツに住んだ13、4年前くらいには、
子供達が小さかったので、ニコラウスの日にはパーティを開いた。
毎年3家族で一緒にやった。
場所は順番に、我が家であったり、友人宅であったりした。
大体どこの町にも、出張ニコラウスを引き受ける人がいて、
私たちもその日はニコラウスをお願いしていた。
ニコラウスというのは、例えばこんな感じ。

(写真はインターネットから拝借しました。どこかの幼稚園です。)
ニコラウスは、招かれている家に着くと、
まずは適当な挨拶をし、そして手にした本をうやうやしく開くと、
子供達一人一人順番にちょっとしたお説教を始める。
(場所が小学校や幼稚園の場合は、子供が多すぎるので、
子供達皆に向けてニコラウスが適当なお話をします。)
お説教の内容は、
子供に伝えたいことを親が紙に書き事前にニコラウスに渡しておく。
ニコラウスはその紙を元に、落ち着き払って実に上手くお説教を始める。
何も知らない小さな子供にしてみれば、
突然現れたニコラウスがなぜ自分に見合ったお説教を始めるのか、
とても不思議なわけだ。
親の口から聞けば反発したい事柄でも、
ニコラウスに諭されると、うんわかった、と素直にうなづいてしまうものらしい。
お説教が終ると、子供達は、歌を歌うとか詩を朗読するとか、
そんなパフォーマンスをニコラウスに披露したりもする。
ニコラウスは優しいから、子供達にプレゼントを渡し去っていく。
そのプレゼントというのは、親が子供のために事前に用意しておいたもので、
それをニコラウスから子供に手渡ししてもらうという形だ。
プレゼントはこんな感じの袋に入れるのが一般的。

ニコラウスが去ると子供達はちょっとほっとして、そしてプレゼントの中味を覗く。
みんな一緒の食事が始まる。
ニコラウスの日の夕方から夜にかけて、
小さな子のいる家庭ではそんな風に過ごす場合が多い。
そうそう、ニコラウスの日の切ない思い出を書こうと思ったのだった。
時は5年前に遡る。
夏にドイツに移ったあの年の12月6日、
昔ニコラウスパーティをやった友人達に誘われて、
6年ぶりに三家族一緒にやることになった。
でも、これで最後にしようという話だった。
子供たちも大きくなったし、もうこれでやめにしようということで、
三家族の親達の意見が一致した。
友人宅でやってくれるという最後のパーティに、夕方私たちは出かけた。
子供達へのお説教もプレゼントも、ちゃんと用意しておいた。
ところで、ニコラウスの日に子供達がもらうプレゼントというのは、
それほど大したものでなく、至って素朴なものである、と私は思っていた。
それは、それまでニコラウスの日を見てきた経験からそう思った。
プレゼントの袋に必ずと言っていいくらい入れるものとしては、
クルミとか、落花生とか、みかんとか、りんごとか、
そしてチョコレートやグミのようなお菓子類。
あとは、何かちょっとだけ
子供の喜ぶ小さなプレゼントを入れればそれでいい。
そんな風に私はとらえていた。
だからあの時も、さほどお金をかけたプレゼントではなかった。
ニコラウスの日は、クリスマスではないのだ。
さて、ニコラウスの去った後、子供達がプレゼントを開け始めた。
うちの子供達だけ早々と中味を全部見終って、
そして他の子が次から次へとプレゼントの包みを開けるのをじっと眺めていた。
そこで初めて私は悟った。
ああ、ある程度大きくなってきた子供達に、
6年ぶりのドイツで私の用意したプレゼントなど、
あまりにささやか過ぎたのだ。
友人達が用意したプレゼントは、もっとお金のかかった物だった。
それも一個だけじゃない。三個くらいはあったようだった。
プレゼントは、袋に入らなくても別に問題ないのだった。
(私は、袋に入るサイズのものだけをと、いつしか思い込んでいた。)
私は、自分が恥ずかしくなって、子供達が哀れに思えた。
ものを知らずに上手く準備のできなかったガイジンゆえに、
子供達に寂しい思いをさせた気になり、私はすっかり切なくなった。
私のあげたちっぽけなプレゼントを抱きしめ、
他の子が次のプレゼントを開けるのに忙しいのをじっと眺めている娘の背中を見て、
涙すらこぼれそうになった。
気を取り直すなど、容易く出来なかった。
どの程度のプレゼントを用意するものなのか、
何個くらい用意するのか、全部でいくら位使うのか、
参考までに事前に友人に聞いておくんだったと、かなり後悔した。
5年前のニコラウスの日。
あれを最後に、私達はもうニコラウスパーティをすることはない。
やだな、ニコラウスの日が来ると、
嫌でもあの日を思い出し、今でもちょっと辛くなってしまう私だ。



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海外でのお母さん業も、いろいろな行事に出くわすので、ほんとに異文化体験が多そうですよね。
でも、何組かの家族を招いて、自宅でもパーティーもあれば、準備とか、もてなしとか、大変そう。
イヤァ〜、やっぱり、主婦って、大変だわと思います。