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キビシーぃ

昔々、私が小学校を卒業して中学に入る直前に、父がこう言った。
「中学は今までみたいに甘くはないぞ。だから頑張るように」

私は、信頼の置ける厳格な父親がそう言うのだから本当にそうなのだろうと思い、
自分なりの覚悟をして中学生になったつもりだったが、
実際には、父が言った程には色んな意味で厳しくない様に思えた。

勉強には充分ついて行けた(ような気がする)。
勉強すること自体を嫌だと思うこともなかった(ような気がする)。
友達も普通にいて、年頃の悩みなんかもそれなりにあって、
部活では先輩にしごかれつらい思いをしながらも、
バスケ部の先輩に憧れてみたりしては、恋に恋して、
全体的には充実した楽しい学校生活を送った。と思っている。

中学を卒業し、高校入学を目前にして、父はまた同じ台詞を私に言った。
「高校は、中学みたいなわけには行かないぞ。
気を引き締めて、頑張るように」

今度は確かに、父の言った通りかも知れなかった。
得意科目は何とかなっていた気がするが、
そのうち、苦手な科目というのがはっきり出来た。

生物も嫌いだったがまだましだった。
物理・化学に至ってはもう何がなにやらわけもわからず、
悪い点を取った時には父にひどく叱られた。

けれど、叱られても私の頭は、
それらの科目に対しては、まるで幕がさっと閉じられるが如く、
気持ちが開くことが無く、何をどう学べば良いかがわからず、
成績を上げる手立てはまるで無かった。

父としても、私を叱るだけ無駄というものだったが、
父にはそれが無駄とも思えなかったのだろう。
親である自分が怒れば子供はもっと頑張り、
子供が頑張れば成績などすんなりと上がるものだと、
信じ期待していたのかも知れない。

私のことが心配だから叱るのだとも、父は言い添えた。
私は、父にそう言われると、それは確かにそうなのだろうとは思ったが、
だからと言って、叱られて嬉しいとか有難いとは思えなかった。
親の心配が自分の糧になって成績が上がるものなら良かったのだが。

私は、黙りこくっては自分なりの後悔も反省もしていたが、
それじゃあそれらの科目をどうやっつければ良いのか、となると、
やはりさっぱり何もわからないのだった。



はぁ…長い前置きだった。



さて、こちらの学校は、
来週1週間が「ファッシング(カーニバル・謝肉祭)休暇」。
学校によってはこれを「春休み」とも言っている。

風景こそまだ真冬の趣きだけれど(雪、多いし…)、
ひとつここでカーニバルで盛り上がって春を呼び寄せたい、
というのが人々の気持ち(だろうと思う)。

休暇が、実質的には昨日の金曜日の、終業のチャイムと同時に始まった。
この金曜日、この辺の学校では前期の成績表を配布するという嫌な日で
― 成績の良い子には楽しい日であると思うが ―
我が家の場合どうだったかと言うと、
娘のそれは思った通りに悪く、息子のは思ったより良かった。

でも、娘の通う学校と、息子の通う学校とでは、
そもそも種類もレベルも異なるため、一概に比べられない。
聞くところによれば娘の学校は、
バイエルン州全体でも十本の指に入るくらいレベルが高いらしい。

さて、娘の成績表を見るまでもなく、
それが芳しくないことはわかっていた私。
この数ヶ月の娘を見ていたら、
頑張っているみたいだが伸びない、という印象があった。

こういうことは、責めて変わるものじゃない。
成績表を見ても、さらりと流すつもりだった。


しかしそこに追い打ちをかける様にして、
同日学校から一通の封書が、不気味にも我が家に郵送されて来た。

嫌な予感がしながら封を開くと、
娘の成績に対しこのようなコメントが書かれてある。

「○○・○○・○○…の6科目という多数に渡ってこの程度の成績では、
新年度(9月に始まる)での進級は極めて困難である。
落第し現在の学年をやり直すか、
その他の進路としては、(レベルを下げた)○○学校への転校を提案する」

(ちなみに娘の場合は全部で15科目ある。)

このような文書を郵送でもらうのは初めてだったので、
私は正直言ってびびった。


今夜は友達とディスコに行くんだ~♪とおめかし途中だった娘を
私は呼びつけて、その文書を見せた。
水を差すのは趣味じゃないが、見せないわけにもいかないし、と思った。

いつもクールな娘だが、少しは驚いた様子だった。
そして私は、この場面で何と言えば良いのだろう。



あぁあの時、そうだ、あの時私の父は、
私の化学の答案用紙を見るなり私にそれを叩き付けた。

情けないことにあの時のそれは赤点だったので、
厳格な教師だった父の顔に泥を塗ったようなことになり、
それで父が切れたのだった。

折り悪く、あの頃の私には
化学の成績の他にも父を怒らせる理由が二つ程あった。
その一方は、私が自分でもたらしたものではなかったけれど。

まじに殺されるんじゃないかと思う程の剣幕だったので、
私は正直なところ、これで自分は終わりなのだと感じた。
どうされるにしろ、痛くなければいいのにと思った。

馬鹿げたことだった。
たかが赤点の答案用紙がきっかけになるなど。


結果としては、私は死なずに済んだ。
父も、そんなことで実の娘を殺める程に愚かでは無かった。
私は、自分の父親というのは
赤点でものすごいことになるのだとよくわかった。

結局私の化学の成績は、
先生のお情けで甘くなった追試にパスしてちょっと持ち直したが、
父の振る舞いに怖い思いをしてその後私の頭が全般的に良くなったかと言うと、
そういうことがあるわけ無かった。

もちろん、私のあの赤点と、今回の娘の全体的な成績は、
一概に比較できないものがある。



娘は、しかし、生意気にも、
その成績は、自分のせいだけではない、と言った。
家族の現状も、大きな理由だと。

(ここにその家族の現状の詳細を書く勇気は無いので
ご想像にお任せしますが、)
私は、娘からそう言われると、わかっていた。
そのことで、申し訳ないと、ずっと思っている。

娘の台詞は、さすがにドイツ人の血を引いていて正確で、
的を射て筋が通っている。勝てる主張の仕方を心得ている。
今は嫌っているドイツとドイツ人の父親の様に、
やっぱり娘は、筋の通った事を言うのだった。

私は、だからいつも返す言葉が見つけられなくなり、
はい、ごもっともです、と言えば一番楽なような気になる。

そしてしばらく沈黙が続いた。



「やっぱり今夜は遊びにいくの?」と娘に聞いた。
「なんで?だめなの?」と娘。当然出かける気でいる。

「出かけちゃ駄目だとは言ってないけど、
どうするかはあなたが決めてもいいと思うけど、
ママが自分の過去を振り返って言うなら、
自分はこの状況で決して遊びには行かない。

あの怖かった父親に怒られるに決まっているということもあるけど、
何よりも、自分の気持ちが自分にそうすることを許さない、
と言うのかな、そんな感じがする。

私が今のあなたの立場なら、今夜は出かけない。
悪い成績表を前にして、やっぱり出かけられない」


娘は、何も言わなかった。
そばで黙って聞いていた夫も、何も言わなかった。

夫はドイツ人だから、日本人の私とは桁違いに、
学校からのその文書を、重く重く、
気分もずっしりと受け止めていたはずだった。



私は娘に、部屋に戻っていいと言った。
娘がそこにじっと無言で突っ立っていても仕方が無いと思った。



娘はどうするだろう。

悪い成績をとって、
そのために学校から追い出されるかも知れない様な、
そんな文書まで親がもらった。

それでも遊びにいく気分は失せないものだろうか。
それとも、ここはひとつ憂さ晴らし、強気で行くのか。


こんな時にわかり合えてなぐさめ合えるのは、
親じゃなくて友達なんだし、
やっぱり娘は今夜出かけるだろうな。そう思った。


私と異なる反応も行動も、それは娘ならではで、
娘がディスコに行こうと、部屋でふて腐れようと落ち込もうと、
もらった成績表は変わらない。

親というのは、こういう時にどういう態度を取ると正解なのだろう。



やっぱり出かける娘だった。
濃いメイクで。胸の開いたドレスで。

行って来ますと玄関のドアを開ける娘に、
行くのならば楽しんで来なさいよと、
私はその肩をぽんぽんと叩いて、
気をつけてねと送り出した。

そうすることが良かったとも思わないし、
ものすごく間違っていたのかもわからない。

……。



それにしても、キビシーぃやり方だと思う。

全科目の平均点とかで競わせてくれれば良いのにと、
私はいつも思っているのだけど。

一つ二つ、目立って悪い科目があればもう、
あっさり切られちゃうんだから。

生徒達にもたらすそのプレッシャーたるや、
まったく憎たらしいものがある。



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NoTitle

お久しぶりです。

娘さんの抱えている問題には私も同情してしまうのですが、高校生が夜ディスコに行っても、学校等から咎められないのは、ある意味幸せだと思います。私の高校時代は校則が厳しい学校だったので、ディスコに行っていることが学校にばれたら、停学とかの罰を受けましたから。これはカルチャーギャップで、ドイツでは遊ぶことと学校の成績は別なのかもしれませんね。ドイツ映画で、やはり10代の若者がかなり自由に遊んでいるのを見ると、私の10代の頃とは違いを感じてしまいます。とは言っても、私はあまり羽目を外せないタイプなので、そういう自由に遊べる環境が必ずしも羨ましいというわけでもないです。でも、娘さんからしたら、それが息抜きになっている訳で、どちらが良いとも悪いとも言えないですよね。う~ん、難しい…。

NoTitle

うちのおねえちゃんもギムナ時代、一度Zwischenzeugnisのフランス語で5をとってしまい、同じようなお手紙をもらったことがあります。そのときは「今の段階で自主的に留年すれば、落第とはみなさない。」とか書かれていて、親としては心臓がとび出るくらいびっくりしました。この頃,おねえちゃんはあまり夜とか遊びに出るわけではなかったのですが、努力しても努力しても苦手な科目はなかなか克服できないわけで、だからといって親がどうこうしてあげるわけにもいかず、、、。本人にどうしたいかきいてみたら「Jahreszeugnisまでには少なくとも4にはするから。」と言うので、結局見守るしかなかったのです。でも、その後の数ヶ月は心配で心配で、毎日が綱渡りのようでした。
<全科目の平均点とかで競わせてくれれば良いのに>
確かにそうですよね。ほかの教科は満足できる成績なのだから、少しは大目に見てくれてもいいのにとあのときほど思ったことはありませんでした。
<娘がディスコに行こうと、部屋でふて腐れようと落ち込もうと、もらった成績表は変わらない。>
そうです。だからガーネットさんがしたことはまちがいではなかったと思いますよ。思ったような成績が取れなかったことはきっとお嬢さんには十分ショックであったのですから、その上親になんだかんだ言われたのではダブルにショックでしょう。この日は遊んでも、その後しっかりがんばれば良いのです。
今までの記事によるとお嬢さんはしっかりしていて自己管理も出来るようですから、ここはお嬢さんを信じて励ましてやってください。

Roseさんへ

私は、こちらの学校はあまりに自由過ぎてかえって良くないと思っています。ほんの16歳からのアルコールやクラブ・ディスコへの出入りが、法律で認められ権利が守られている以上、学校がそこにわざわざ風紀を気にするような規則を作ることは無く、生徒のそういった行動は学校が関知するものでは全くない、という姿勢ですよね。遊びと学校の成績は別…確かにそうなのでしょうけれど、要するに学校側は、個人の私生活などどうでも良いと考える点において、とても楽な立場を保持していると思います。極端な話、成績さえ良ければ、成績さえ良ければ、その生徒が実は家で飲んだくれてても、学校はどうでも良いということになり、それもまた、何だかなーと私は思います。

pharyさんへ

今回は5が二つでした……。中には1や2の科目もあるのです。今年度から選択したイタリア語は3。前年までのフランス語と言い、そのような科目で娘を助けられる人がそばに誰も居ないにも拘らず、結構頑張ったものだと私は思っています。
「悪い点」にのみ注目されるこのシステム、まったく非情で、ほんと憎たらしいです。
どうなるのかハラハラしますが、大先輩のpharyさんの書かれている様に、ここは娘を信じて励ましたいと思います。どうもありがとうございました。

鍵コメさんへ

私は、幼稚園からしてドイツのやり方は気に入りません。子供を、無理に大人にしようしようとしているような印象があります。その理由も、そうすれば大人の仕事が減って楽になるから、という様な事であるとしか思えない気が。学校に入れば入ったで、良い成績を取れる科目があっても完全無視。悪い所にだけ注目されてしまうので、子供達が気の毒です。それに、成績が悪いのは親のせいである、という見方もされてしまうし。ところで、日本は子供をいつまで経っても大人にしなさ過ぎの様に思いますが、いっそ日本の教育制度とドイツのとを、足して2で割るくらいにすると、ちょうど良い具合になるんじゃないかな、とか、思ったりします。

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